馬車
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ギャラリー
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ホテル送迎用(ネパールロイヤル・チトワン国立公園)
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ロシア、エルミタージュ美術館に展示されている豪奢な馬車
護衛
ヨーロッパでは、18世紀から19世紀に馬車を護衛する犬としてキャリッジドッグが使われていた。品種としてはグレートデンとダルメシアンが多く使われた。
イギリスの地方領主は馬車が轍にとられたり障害物に衝突しないよう、馬車と併走するフットマンという使用人を雇用していた。18世紀中頃になると道路状況や郵便網の発達で不要になったが、家事使用人の役職名として残っている。
日本と馬車
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古代中国で馬車より騎馬への転換が完了した時期に日本へウマが伝来したために騎馬の文化は普及したが、馬車の文化は普及しなかった。一方、ウシを用いた牛車は近世期でも使われていたものの、ウマの引く乗用車は明治時代まで存在しなかった[6]。慶応2年10月1日、幕府は、江戸市中および五街道に荷物輸送のために馬車を利用することを許可した[7]。1869年から東京-横浜間を乗客輸送用として乗合馬車の営業を開始させたのを機に馬車が普及し日本各地で広まり、農業や資材輸送・軍事など各分野で、重量物の輸送に広く使われた。1872年4月11日、東京府は馬車の利用者の増加にともない馬車規則を定めた[8]。明治13年12月には「馬車取締規則」が作られ、乗合馬車は1匹立て6人、2匹立て10人までと乗車制限が設けられた[9]。1881年4月1日、内国通運会社は、東京大阪間に郵便および荷物輸送馬車の定期路線を開始した[10]。明治15年(1882年)にはレールの上を馬車が走る「馬車鉄道」が東京で始まり、電気による鉄道が普及する以前の交通機関として地方でも広く普及した[11]。 1882年4月1日、西北社は、東京・高崎・前橋・坂本(碓氷)間で郵便物・旅客・貨物の馬車輸送を開始した(游龍軒など従来の乗合馬車業者が合同したもの)[10]。
旧日本陸軍では終戦まで機械化が進まず、補給や大砲の牽引に多くのウマを使用した。陸軍では明治36年(1903年)に軍用荷馬車の規格を統一し、三六式輜重車として制式化した。これはウマ一頭で引くもので、荷物の積載量1.5トン、速度4.5kmと、人間の歩く速度なみであった。
現在では馬車は基本的に自動車に取って代わられ儀礼的な行事や観光などでのみ用いられる。王皇族の結婚式では馬車によるパレードが行われる。また、各国から来日した特命全権大使等は、信任状捧呈式のための参内に際に明治生命館前から宮殿南車寄までの大通りを宮内庁が差遣わす儀装馬車か自動車どちらかに乗って移動する。ほとんどの大使は騎馬警官によって警護されて馬車に乗って移動することを希望している[12]。
日本の道路交通法では軽車両として扱われる。ただし、馬車鉄道は路面電車として扱われる。
脚注
出典
- ^ “馬車(ばしゃ)の意味”. goo国語辞書. 2020年11月6日閲覧。
- ^ 自動車前史 1.自動車の起源は馬車に始まる 独立行政法人環境再生保全機構[リンク切れ]
- ^ a b c 金山弘昌、「馬車と宮殿 : 17世紀のピッティ宮諸計画案における馬車の影響」『日本橋学館大学紀要』 2巻 2003年 p.39-52, doi:10.24581/nihonbashi.2.0_39, 日本橋学館大学
- ^ 馬車の時代市川市文化振興財団音楽総合プロデューサー 小坂裕子、てこな・ミューズ・ジャーナル[リンク切れ]
- ^ 斎藤和夫, 「VANITY FAIR<虚栄の市>を馬車が行く : Thackerayが描くsnobberyの一側面」『札幌大学女子短期大学部紀要』 38巻 2001年 p.33-86, NCID AN00074536
- ^ 福翁自伝によると、万延元年遣米使節団に参加した福沢諭吉はアメリカで馬車を見たが、最初何かわからず、はじめて馬が引く車があることを知ったという
- ^ 維新史料綱要 東京大学史料編纂所
- ^ 法令類纂
- ^ 岡田清、交通法規制の変遷-明治時代期以後の交通法規 公益財団法人国際交通安全学会
- ^ a b 社史 日本通運(株)
- ^ 山崎幹泰、「山中馬車鉄道株式会社と その客車の遺構について」 『北陸都市史学会誌』 15号、2009年7月
- ^ 信任状捧呈式の際の馬車列(宮内庁HP)
馬車と同じ種類の言葉
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