足利事件 再審~冤罪事件

足利事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/26 15:58 UTC 版)

再審~冤罪事件

再審請求とDNA再鑑定

2002年(平成14年)12月25日
収監された菅家利和が宇都宮地裁に対し、再審請求を申立てる。
2008年(平成20年)1月
日本テレビが、ニュース特集で足利事件のキャンペーン報道を開始する。自供の矛盾点やDNA鑑定の問題点などを指摘、DNA再鑑定の必要性を訴えた。その後も繰り返し放送を行う。記者は「桶川ストーカー殺人事件」などを取材してきた清水潔である。
2008年2月13日
宇都宮地裁(池本寿美子裁判長)は、菅家利和の再審請求を棄却する[7]。菅家利和は東京高裁に即時抗告する。
2008年(平成20年)12月19日
東京高裁(田中康郎裁判長)がDNA型再鑑定を行うことを決定する(逮捕から17年目)。
2009年(平成21年)2月
検察(東京高等検察庁)側と弁護側(顧問:佐藤博史他)のそれぞれが推薦した鑑定人2名が、DNA型再鑑定を開始する。
2009年(平成21年)4月20日
それぞれの再鑑定において、弁護側推薦の鑑定人・筑波大学教授本田克也は「不一致部分が多いため同一人物のものではない」という鑑定結果を提出する。検察側推薦の鑑定人・大阪医科大学教授鈴木広一は「一致部分が非常に少ないため、同一人物のものではありえないと言っても過言ではない」とする鑑定結果を提出する。
双方の結果を受けて東京高裁の嘱託鑑定は「菅家利和のDNA型と女児の下着に付着した体液の型が一致しない」という結論を出す[8][9][10]
高検はさらに「捜査中に誤って汗などが付着した可能性」についても検討するため、当時の捜査関係者との比較も行うが、いずれも不一致となり、試料が正しく犯人のものであることも明らかとなった。これは真犯人を特定するための有力な証拠ともなるが、この時点で逮捕から17年以上が経過しており、既に公訴時効が成立する。真犯人を逮捕・起訴できる機会は法的に失われる。
2009年(平成21年)5月25日
東京高裁の即時抗告審に鑑定書を提出していた筑波大学教授本田克也が鑑定書の改訂版を提出する。

釈放

2009年(平成21年)6月1日
弁護団が刑の執行停止をしない検察を不当だとして宇都宮地裁に異議申し立てをする。
2009年(平成21年)6月4日
鑑定結果を受けて、東京高等検察庁が「新鑑定結果は再審開始の要件である『無罪を言い渡すべき明らかな証拠』たり得る」とする意見書を提出し(事実上の再審開始決定)、併せて刑の執行を停止する手続きを行う。
こうして、千葉刑務所に服役中の菅家利和は、清水潔に付き添われて刑務所から釈放される[11]
刑事訴訟法では、「再審の開始前であっても検察官が刑の執行を停止できる」と定めている(第442条)。
今回のケースは「有罪判決を導いた証拠が誤りであった以上、刑の執行を継続すべきではない」とする判断に基づくものだが、これは極めて異例のことであり、東京高検は「再審開始前に刑の執行を停止した前例はない」としている。
釈放後の記者会見では、菅家利和は「検察と栃木県警に謝罪してほしい」と涙ながらに語る[12]
この事態を受け、栃木県警元幹部は「事件の捜査は妥当だった」「足利事件については思い出したくない」と語る[13]
また、当時陣頭指揮を執った元刑事部長である森下昭雄が「まだ無罪が確定したわけでは無く、自供も得ているし、(菅家が)犯人だと信じている」と報道陣に語ると、その森下昭雄本人が運営するブログ炎上し、そのブログが閉鎖される事態になる[14]
栃木県警も当初「暴行や自白の強要はなかったとこれまでの裁判で認定されている」とコメントし、法務大臣森英介(当時)も取調べの可視化を求める声に「捜査に支障を来す」としていたが、東京高検に対して速やかに再審を開始し、無罪判決を求めるよう指示する。
毎日新聞は、当事件の上告審の際に弁護団が求め続けていたDNA再鑑定を実施しなかったことの是非や、冤罪被害者に対する謝罪意思の有無、また当事件の公訴時効を裁判所が成立させた件についてどう思うかなどの質問を、判決に関わった当時の最高裁判事5名(亀山継夫北川弘治河合伸一梶谷玄福田博)と再審請求を認めなかった当時の宇都宮地裁判事3名の計8名に送り、回答を求めたが、判事達は「退官した現在は手元に資料がない」や「回答することは判決理由を後から変更するに等しい」などを理由に、全員が回答を拒否する。
木谷明・法政大学法科大学院教授(元・東京高裁総括判事)は、判事達の回答拒否について「なぜまったく答えないのか不思議。答えられる限度で率直に答えるべきではないか」と疑問を投げかけている。
2009年(平成21年)6月22日
栃木県警は足利事件の捜査で受けた警察庁長官賞など4種類の表彰を自主返納したと発表する[15]
2009年(平成21年)6月23日
東京高裁(矢村宏裁判長)が再審開始を決定する。
2009年(平成21年)10月5日
菅家利和が宇都宮地方検察庁を訪れ、検察側が菅家利和に対して初めて正式に謝罪する。検事正の幕田英雄は菅家利和に対面し、「無実の菅家さんを起訴して長年にわたって服役させ、苦痛を与えたことについて大変申し訳なく思います。検察を代表し、心から謝罪します」と口頭で直接述べる。これに対し、菅家利和は「これ以上、わたしと同じ苦しみが絶対あってはならない」と応じる[16][17]
釈放後の記者会見で、菅家利和は当時の取調べの状況に対し「刑事達の責めが酷かったです。『証拠は挙がってるんだ、お前がやったんだろ』とか『早く吐いて楽になれ』と言われました。私は始終無実を主張していますが、受け付けて貰えず『お前がやったんだ』と同じ事の繰り返しでした」と述べる。また、取調べ室での刑事達の自分に対する行動は、殴る蹴るの暴行のみならず、頭髪を引きずり回したり、体ごと突き飛ばす等、拷問に等しい暴行が横行し、その取調べの時間は15時間近くにも及んだ、という。
取り調べた刑事達について菅家利和は「私は刑事達を許す気になれません。それは検察や裁判官も同じです。全員実名を挙げて、私の前で土下座させてやりたいです」と強く述べる。

再審

2009年(平成21年)10月21日
宇都宮地方裁判所(佐藤正信裁判長)で再審公判が始まる[18]
2010年(平成22年)1月21日
再審第4回公判において、取り調べ時の録音カセットテープが再生される[19]
2010年(平成22年)1月22日
再審第5回公判において、事件当時の担当検事・森川大司が証人として出廷する。「現在もなお菅家氏が真犯人であると思うか」という弁護団からの質問には黙秘し、最後まで菅家に対する謝罪の言葉は一切無い[20]
2010年(平成22年)2月12日
再審第6回公判で、検察側は「取り調べられた証拠により、無罪を言い渡すべきことは明らか」とし、論告で無罪を求める。論告に際して、検察官は裁判長に発言の許可を求めた上で「17年余りの長期間にわたり服役を余儀なくさせて、取り返しのつかない事態を招いたことに検察官として誠に申し訳なく思っています」と謝罪する。
菅家利和はこの謝罪について公判後の記者会見で「17年半を思えば、1分少々(の論告)では物足りない。謝罪はあったが、1分少々では腹の底から謝ったとは思えない」と述べている[21]
2010年(平成22年)3月24日
菅家利和は再審の判決公判を間近に控え、東京新聞の取材に応じ、「しばらくは冤罪で苦しむ人を支える活動を優先させたい」と述べ、自分のような悲劇が繰り返されぬよう「冤罪の語り部になりたい」とコメントする[22]
2010年(平成22年)3月26日
再審の判決公判で、宇都宮地方裁判所(佐藤正信裁判長)は菅家に対し、「当時のDNA鑑定に証拠能力はなく、自白も虚偽であり、菅家さんが犯人でないことは誰の目にも明らか」と判示して無罪を言い渡す[23]。判決の言い渡し後、裁判長佐藤正信は菅家に対し、「真実の声に十分に耳を傾けられず、17年半の長きにわたり自由を奪うことになりました。誠に申し訳なく思います」などと謝罪する。その後、宇都宮地方検察庁上訴権放棄を宇都宮地方裁判所に申し立てて受理されたため、無罪判決が即日確定する[24]
なお、再審の無罪判決では、弁護側推薦の鑑定人・筑波大学教授本田克也の鑑定結果は採用されず、検察側推薦の鑑定人・大阪医科大学教授鈴木広一の鑑定結果のみが採用された[10]

  1. ^ a b 現場検証 平成の事件簿. 株式会社 柏艪舎. (2019年3月8日). p. 18 
  2. ^ a b 下野新聞、清水潔による事件の調査報道・キャンペーン記事等】
  3. ^ 宇都宮地裁平成5年7月7日判決/刑集54巻6号670頁・判例タイムズ820号177頁
  4. ^ 2008年1月6日 日本テレビ「ACTION」より
  5. ^ 「〈足利事件「支える会」代表が語る〉主婦の私がなぜ菅家さんの無実を信じ続けたのか」西巻糸子著(『婦人公論』2009年7月22日号)
  6. ^ 無罪確定後、テレビ局が取材したが、亀山は菅家に対し謝罪を拒否すると公言している。
  7. ^ “足利事件、再審決定”. 産経新聞. オリジナルの2009年6月26日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20090626121206/http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/090623/trl0906231005001-n1.htm 2009年6月23日閲覧。 
  8. ^ “足利事件:再鑑定の結果「DNA不一致」…東京高裁に提出”. 毎日新聞. (2009年5月8日). http://mainichi.jp/select/today/news/20090509k0000m040020000c.html?link_id=RSH04 [リンク切れ]
  9. ^ 第2章スタート ACTIONコラム(日本テレビ)2009年5月26日。その他、「北関東連続幼女誘拐・殺人事件」など。
  10. ^ a b “袴田さん再審判断 DNA鑑定の有効性争点”. 中日新聞. (2018年6月7日). https://www.chunichi.co.jp/article/45987 
  11. ^ "足利事件、菅家さんを釈放 17年半ぶり、再審開始決定へ". 共同通信. 2009年6月4日. 2009年6月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年6月11日閲覧
  12. ^ “「警察と検察に謝って欲しい」菅家さん、支援者への手紙で”. 読売新聞. (2009年6月4日). オリジナルの2009年6月7日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20090607081245/http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090604-OYT1T00518.htm 
  13. ^ “【足利事件】「捜査は妥当だった」「思い出したくない」 栃木県警元幹部ら”. 産経新聞. (2009年6月6日). オリジナルの2009年6月6日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20090606080206/http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/090604/trl0906041213005-n1.htm 
  14. ^ “「足利事件」捜査の元県警幹部ブログが炎上 「謝罪しろ」コメント殺到”. ITmediaニュース. (2009年6月5日). https://www.itmedia.co.jp/news/articles/0906/05/news097.html 
  15. ^ “栃木県警、足利事件捜査での表彰を自主返納”. 日テレNEWS24. http://www.news24.jp/articles/2009/06/23/07138159.html [リンク切れ]
  16. ^ “菅家さんに『苦痛与えた』と謝罪 検察、足利事件で初”. 中日新聞. (2009年10月5日11時25分). http://www.chunichi.co.jp/s/article/2009100501000186.html [リンク切れ]
  17. ^ 検事正が謝罪、足利事件 - YouTube TBSNewsi 2009年10月5日[リンク切れ]
  18. ^ “足利事件再審:裁判長「菅家さん」 被告扱い封印”. 毎日新聞. オリジナルの2009年10月21日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20091021213826/http://mainichi.jp/select/today/news/20091021k0000e040044000c.html 2009年10月21日閲覧。 
  19. ^ “足利事件:92年1月28日の地検聴取テープ(1)”. 毎日新聞. オリジナルの2010年1月25日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20100125173915/http://mainichi.jp/select/jiken/news/20100122k0000m040128000c.html?inb=yt 2010年1月22日閲覧。 
  20. ^ “足利再審 元検事語る(1)”. 産経新聞. オリジナルの2010年1月25日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20100125170540/http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/100122/trl1001221223005-n1.htm 2010年1月23日閲覧。 
  21. ^ “足利事件:検察側が無罪論告 菅家さんに謝罪”. 毎日新聞. (2010年2月12日11時29分(最終更新 2月12日21時33分)). オリジナルの2010年4月7日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20100407175816/http://mainichi.jp/photo/archive/news/2010/02/12/20100212k0000e040050000c.html 
  22. ^ “無罪でも終わらない 菅家さん故郷で語る”. 中日新聞. (2010年3月25日7時7分). オリジナルの2010年3月27日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20100327091049/http://www.chunichi.co.jp/s/article/2010032590070729.html 
  23. ^ “足利事件再審で菅家さんに無罪判決…宇都宮地裁”. 読売新聞. (2010年3月26日). オリジナルの2010年3月29日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20100329223949/http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100326-OYT1T00287.htm? 
  24. ^ “足利事件:菅家さん無罪 裁判長が謝罪 宇都宮地裁”. 毎日新聞. (2010年3月26日10時12分(最終更新 3月26日13時52分)). オリジナルの2010年3月28日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20100328002952/http://mainichi.jp/select/jiken/news/20100326k0000e040015000c.html 
  25. ^ 下野新聞 2011年3月9日
  26. ^ 清水潔,文藝春秋2010年10月1日号
  27. ^ 2011年『g2』vol.7(講談社)掲載ルポ「真犯人のDNA」P199ー200
  28. ^ 参考記事 らせんの真実-冤罪・足利事件- <終章><1>「消息」 捜査中止の参考人複数 酷似する「ビデオの男」下野新聞】(外部リンク参照)
  29. ^ 清水潔,文藝春秋2011年1月1日号
  30. ^ テレビ東京・BSテレ東『0.1%の奇跡!逆転無罪ミステリー【実録…やってないのに】衝撃冤罪!4連発(テレビ東京、2019/6/10 19:00 OA)の番組情報ページ | テレビ東京・BSテレ東 7ch(公式)https://www.tv-tokyo.co.jp/broad_tvtokyo/program/detail/201906/25234_201906101900.html2019年10月17日閲覧 
  31. ^ a b 文藝春秋2010年12月号 清水潔
  32. ^ 清水潔(文藝春秋2010年10月1日号
  33. ^ “<「足利事件」とDNA鑑定>佐藤博史弁護士に聞く”. あらたにす. (2009年5月9日). オリジナルの2009年5月9日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20090511133249/http://allatanys.jp/B001/UGC020006020090508COK00288.html 全10頁
  34. ^ 「新・知ってはいけない!?」船瀬駿介 著
  35. ^ 【らせんの真実-冤罪・足利事件(下野新聞)】より
  36. ^ 文藝春秋2011年3月号 清水潔
  37. ^ 足利事件で無期懲役判決を受けた男性が冤罪だと訴えていた支援者らのホームページの「群馬・栃木県境の未解決幼女殺害・失踪事件地図」という項
  38. ^ 清水潔,2010年11月
  39. ^ 足利事件 真犯人は ('09.6.7)(youtube)[リンク切れ]






固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「足利事件」の関連用語

足利事件のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



足利事件のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの足利事件 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS