産業精神保健
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精神疾患者の多くは雇用されており[4]、中程度の精神疾患を持つ人の70%、深刻な人の50%は雇用されている[5]。
疾患リスク
疾患あり | 疾患なし | |
---|---|---|
病欠率 | 32% | 19% |
病欠期間 | 6.0日間 | 4.8日間 |
疾病就業 (プレゼンティーイズム) | 74% | 26% |
アルコール乱用
職場によっては、雇用者のアルコール濫用・依存リスクが高いことがある。職種により様々ではあるが、建設業と運送業は、ウェイター・ウェイトレス並みに高リスクであるとされる[6]。運送業においては、大型トラック運転手と荷物仕分人がとりわけ高リスクであるとされる。Epidemiologic Catchment Area study(ECA)では、一年間隔のインタビューにてアルコール乱用・依存のデータを収集している[7]。研究によれば、調査対象は男性のみであったが、コントロール性が少ないが大きな肉体的負荷のかかる職種の労働者においてアルコール問題リスクが増加するとしている。
抑うつ
Eaton, Anthony, Mandel,Garrison (1990)らのグループは、ECA studyのデータに基づいて、DSM-III基準による大うつ病や社会的適応障害リスクが高いグループは、法律家、秘書、特別教育教員の3つの職業であると結論付けた[8]。さらにECAでは、米国5つの地域の成人をサンプリングし、偏りのない相対的な職業別の精神疾患リスクを取り上げようとしたのだが、これらは横断的データであったためその精度は不確実であった。
パーソナリティ障害
パーソナリティー障害は、労働へのコーピング、職場環境、他人と共に問題解決できる人間関係ポテンシャルと関連性があり、それは診断・深刻度・個性・職種にも依存するとされている。間接的な影響となるものには、不明確な教育課程や業務外の複合的要因(たとえば薬物乱用と病的な精神疾患の組み合わせ)などが疾患リスクとして挙げられる。しかしまたパーソナリティー障害は、能力平均以上に競争環境が激化することや、同僚の功績についての焦りによっても発症するとされている[9]。
統合失調症
各国の状況
欧州のOECD諸国においては、全ての職種において職業性ストレスは増加傾向にある[5]。国別に見れば、北欧諸国では20%程度と低く、アングロサクソン諸国では30-40%と高い[5]。
イギリス
イギリスの制度はOECD諸国において革新的であるとOECDは評しており、産業精神保健の重要性と経済への有害性は一般に高く理解されている[10]。また保健サービスと雇用との提携も卓越的であり、雇用は治療計画の一部でなければならないとして保健サービスは取り組んでいる[10]。
オランダ
オランダでは、精神保健問題へのコストはGDPの3.3%に上るとOECDは推定しており、失業・生産性低下をもたらしている[11]。他のOECD諸国と比べオランダは、精神疾患による病欠が30-50%も高率であり大きな問題となっている[11]。オランダ労働人口の7.9%は障害給付を受給しているが、その3分の1を精神疾患が占めている(2012年)[11]。失業給付・公的扶助も30-40%が精神疾患理由だとされている[11]。OECDは労働法に精神疾患リスク予防を盛り込むこと、労働者に対し産業医への予防受診を提供できるようにすること、精神保健の知識を持った復職支援を行う専門職を設けることを勧告している[11]。
スウェーデン
スウェーデンでは精神疾患問題によって700億ユーロの生産性低下をまねいているとOECDは推定しており、スウェーデンにおける主要な労働年齢人口の労働市場排除要因であり、特に若年層で顕著である[12]。スウェーデン人のNEETにおいては、若年男性では精神疾患罹患率が2倍となり、若年女性では不安・抑うつの罹患率がさらに高かった[12]。OECDは、学校保健におけるケア資源を充実させかつガイドラインを策定すること、また「若者庁」などといった形でNEETを対象としたサービスを提供し、また青年クリニックにおける精神疾患介入の敷居を引き下げるよう勧告している[12]。
デンマーク
デンマークの制度は良好であるとOECDは評しており、精神疾患による生産性低下・医療社会支出はGDPの3.4%に上ると推定され、様々な施政がなされている[13]。失業給付・障害給付における精神疾患比率は30-45%を占めるとされ、精神疾患者における失業率は2倍となっている[13]。OECDはデンマーク労働環境省(Danish Working Environment Authority)に職場の精神的リスクに焦点を当て監査に注力すること、また労働環境コンサルタントの役割を強化するよう勧告している[13]。
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