水銀の遺産アルマデンとイドリヤ 登録

水銀の遺産アルマデンとイドリヤ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/10 16:13 UTC 版)

登録

経緯

サン・ルイス・ポトシの景観

イドリヤは市内に残る関連遺産の世界遺産登録に向けた準備を2006年に開始した[36]。当初の計画ではスペインの大陸間道路であるカミノ・レアル(王の道)との関連から、ペルーウアンカベリカスペイン語版の水銀鉱山との連携が模索された[37]。続いて、銀の採掘との関連から、メキシコの銀鉱山の町サン・ルイス・ポトシとの連携に焦点が当てられた[37]。2007年にスペイン、スロベニア、メキシコの3か国の世界遺産の暫定リストに掲載された時には、それぞれ

  • 大陸をまたぐカミノ・レアルの水銀の道のアルマデン (Almaden on the Mercury Route of the Intercontinental Camino Real)
  • 大陸をまたぐカミノ・レアルの水銀の道のイドリヤ (Idrija on the Mercury Route of the Intercontinental Camino Real)
  • 大陸をまたぐカミノ・レアルの水銀と銀の道のサン・ルイス・ポトシ (San Luis Potosi on the Mercury and Silver Route of the Intercontinental Camino Real)

という名称での記載だった[38]

それらは第33回世界遺産委員会(2009年)で審査されたときは「大陸をまたぐカミノ・レアルの水銀と銀の二名法 : アルマデン、イドリヤ、サン・ルイス・ポトシ」(The Mercury and Silver Binomial on the Intercontinental Camino Real. Almadén, Idrija and San Luis Potosí) [注釈 3] というひとまとめの名称で、上記3か国の推薦だった。それに対する世界遺産委員会の決議は「情報照会」だった。情報照会とされた理由は、アマルガム法を使っていた他のメキシコ(旧ヌエバ・エスパーニャ副王領)の銀山との比較を行なった上でサン・ルイス・ポトシの位置づけを再考すべきことと、推薦名も大陸をまたぐカミノ・レアル(王の道)を基軸とするのではなく、アルマデンとイドリヤという二大水銀産地を重視した名称に直すべきことなどであった[39]

続いて第34回世界遺産委員会(2010年)で「水銀と銀の二名法。サン・ルイス・ポトシを伴うアルマデンとイドリヤ」(Mercury and Silver Binomial. Almadén and Idrija with San Luis Potosí) というごくわずかに修正された名称で再審議されたときは、水銀鉱山遺跡をめぐる比較研究や顕著な普遍的価値について詳しい議論が展開されたものの[40]、推薦資産の中でのサン・ルイス・ポトシの位置づけを再考すべきことなどの理由から、前年の決定よりも一段階下の「登録延期」の決定がなされた[41]。なお、メキシコの推薦予定資産であったサン・ルイス・ポトシの歴史地区については、同じ年に別の世界遺産である「カミノ・レアル・デ・ティエラ・アデントロ」(2001年暫定リスト記載、2010年正式登録)の一部として、世界遺産リストに登録された[42]

最後に焦点が当てられたのは、水銀採掘業をアルマデンとイドリヤの経済的・文化的発展に影響した技術的・産業的な進展との関連から捉えることだった[37]。それらの鉱山は世界最大級のものであるがゆえに、水銀生産史上の重要な技術集積などが行われてきた場所でもあったのである[43]。新たな推薦ではサン・ルイス・ポトシが構成資産から外れ、それに伴いメキシコは推薦国から外れた。スペインとスロベニアによって、水銀生産とその影響に的を絞った推薦理由の練り直しが行われ、それに基づく推薦書が2011年2月に再提出された[44]。それに対して世界遺産委員会の諮問機関であるICOMOSは「登録」を勧告し[45]第36回世界遺産委員会(2012年)で正式に登録された[46]。この物件は、スペインの世界遺産の中ではコア渓谷とシエガ・ベルデの先史時代の岩絵遺跡群に続いて、スロベニアの世界遺産の中ではアルプス山脈周辺の先史時代の杭上住居群に続いて、それぞれの国にとって2件目の国境を越える世界文化遺産となった。

ウアンカベリカ

なお、植民地時代に独占的に水銀を供給した3鉱山の最後のひとつであるウアンカベリカについては、ICOMOSの勧告書の中では世界遺産としての「顕著な普遍的価値」を強化しうるものとは認められたが、管理・保存計画の欠如や、完全性の証明の困難さが指摘されていた[47]。2013年4月の時点では、ペルーの暫定リストにウアンカベリカ鉱山の名前はない[48]

登録基準

スペインとスロベニアは基準 (2)、(4)、(5) に適合するとして推薦した。

  • (2) ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
    推薦国は、アマルガム法による銀の精錬の導入によって、16世紀以降、ヨーロッパからアメリカ大陸への水銀の輸出は重要な技術移転などを伴った一方、そうして精錬された銀がヨーロッパの商業・金融に大きな影響を及ぼしたこと、およびその水銀の採掘が都市計画や建造物群にも独特の影響を与えた点などからこの基準に適合するとした[49]
  • (4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。
    推薦国は、世界最大規模の水銀鉱山であったアルマデンとイドリヤでは水銀需要の高まりを受けて、16世紀半ば以降、鉱業技術が向上していったことや、環境への配慮から推薦の少し前に操業停止になったという事実を踏まえ、鉱業が社会や技術と取り結ぶ多面的な側面を伝える遺産であるという点からこの基準に適合するとした[49]
  • (5) ある文化(または複数の文化)を代表する伝統的集落、あるいは陸上ないし海上利用の際立った例。もしくは特に不可逆的な変化の中で存続が危ぶまれている人と環境の関わりあいの際立った例。
    推薦国は、水銀が人や環境を汚染するため、かつては囚人などが採掘に強制従事させられたことや、推薦時点の少し前に操業停止されたということは、人と環境の特殊な関わりを示すものであるとして、この基準に適合するとした[49]

ICOMOSは最初の2つについては認めたものの、最後の点については、水銀鉱山の特殊性は基準 (4) に当てはまる点が主であり、水銀汚染が問題とはいっても、それが他の鉱毒汚染に比べて特異であることを示すには不十分として、基準 (2) と (4) での登録を勧告した[49]。世界遺産委員会でもこの判断が踏襲され、基準 (2) と (4) で登録された。

登録名

世界遺産としての正式名はHeritage of Mercury. Almadén and Idrija(英語)、Patrimoine du mercure. Almadén et Idrija(フランス語)である。その日本語訳は、資料によって揺れがある。

  • 水銀関連遺産 : アルマデンとイドリア(日本ユネスコ協会連盟)[50]
  • 水銀関連遺産 : アルマデンとイドリヤ(西和彦)[51]
  • アルマデンとイドリア - 水銀鉱山の遺産(世界遺産アカデミー[52]
  • 水銀の遺産、アルマデン鉱山とイドリャ鉱山(古田陽久[53]
  • アルマデンとイドリヤの水銀遺産(今がわかる時代がわかる世界地図)[54]
  • 水銀の遺産アルマデンとイドリヤ(なるほど知図帳)[55]

注釈

  1. ^ Spain / Slovenia (2011) p.115では1490年の発見とされている。ただし、かつては1490年と1497年の2説があり(近藤 (1959) p.136)、近藤 (2011) p.51 においても「1490年代」という形で片方に絞りこまれてはいない。
  2. ^ 世界遺産構成資産の名前に使われている water barrier は水棚(鉱山内で爆発事故の被害を防ぐために、爆風で壊れて爆炎を食い止めるようになっている水槽を置く棚)を意味する熟語でもあるが、この場合は川や水路の流れを堰き止めるものの意味で使われており、Spain / Slovenia (2011) には、川などを堰き止めている高さ数mから10 m 以上にもなる巨大な water barriers の写真が掲載されている (Spain / Slovenia (2011) pp.136-139)。
  3. ^ この原綴はNominations to the World Heritage List - WHC-09/33.COM/8B (PDF) に基づく。同年の決議集のほうでは "on the Intercontinental Camino Real"の部分が省かれている(World Heritage Centre (2009) p.205)。

出典

  1. ^ 近藤 (2011) pp.47-48
  2. ^ 近藤 (2011) p.49
  3. ^ 近藤 (1959) p.131
  4. ^ 近藤 (2011) pp.49-50
  5. ^ 近藤 (2011) pp.102-103
  6. ^ a b 近藤 (2011) p.51
  7. ^ 近藤 (1959) p.133
  8. ^ 近藤 (2011) p.52
  9. ^ 近藤 (2011) pp.53-54
  10. ^ 近藤 (2011) pp.96-97
  11. ^ 近藤 (2011) pp.158-162
  12. ^ 植月 (2011) p.7
  13. ^ a b c ICOMOS (2012) p.342
  14. ^ 植月 (2011) pp. 11-13
  15. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s 構成資産の世界遺産ID、英語名、面積は、世界遺産センターのMultiple Locationsによる。
  16. ^ Spain / Slovenia (2011) p.18
  17. ^ Spain / Slovenia (2011) p.92
  18. ^ Spain / Slovenia (2011) p.93
  19. ^ ICOMOS (2012) p.340
  20. ^ Spain / Slovenia (2011) p.95
  21. ^ Spain / Slovenia (2011) pp.95-96
  22. ^ a b Spain / Slovenia (2011) pp.103-105
  23. ^ a b Spain / Slovenia (2011) pp.105-106
  24. ^ a b Spain / Slovenia (2011) pp.106-108
  25. ^ 近藤 (1959) p.132
  26. ^ 近藤 (2011) p.162
  27. ^ 近藤 (2011) p.102
  28. ^ 近藤 (2011) pp.158, 160
  29. ^ a b ICOMOS (2012) p.340
  30. ^ a b c Spain / Slovenia (2011) pp.141-143
  31. ^ Spain / Slovenia (2011) pp.129-130
  32. ^ a b Spain / Slovenia (2011) p.128
  33. ^ Spain / Slovenia (2011) p.131
  34. ^ Spain / Slovenia (2011) p.132
  35. ^ Spain / Slovenia (2011) p.134
  36. ^ Občina Idrija - Dediščina živega srebra
  37. ^ a b c Rudnik živega srebra Idrija zapisan na Unescov seznam :: Prvi interaktivni multimedijski portal, MMC RTV Slovenija
  38. ^ 原綴は古田 (2009) pp.85, 86, 123による
  39. ^ World Heritage Centre (2009) p.205
  40. ^ 市原富士夫 (2010) 「第34回世界遺産委員会の概要」(『月刊文化財』2010年11月号)、pp.44-45
  41. ^ World Heritage Centre (2010) pp.235-236
  42. ^ ICOMOS (2010) p.104
  43. ^ TICCIH (2012) p.10
  44. ^ ICOMOS (2012) p.339
  45. ^ ICOMOS (2012) p.351
  46. ^ Sites in Iran, Malaysia, Canada, Slovenia, Spain, Germany, Portugal and France on UNESCO’s World Heritage List
  47. ^ ICOMOS (2012) p.343
  48. ^ 世界遺産センターが公表しているペルーの暫定リスト(英語)
  49. ^ a b c d ICOMOS (2012) pp.344-345
  50. ^ 日本ユネスコ協会連盟 (2013) 『世界遺産年報2013』朝日新聞出版、p.16
  51. ^ 西和彦 (2013)「第三六回世界遺産委員会の概要」(『月刊文化財』平成24年11月号)p.49
  52. ^ 世界遺産アカデミー監修 (2013) 『世界遺産検定公式過去問題集2・1級 2013年版』マイナビ、p.108
  53. ^ 古田陽久 古田真美 (2012) 『世界遺産ガイド 世界遺産条約採択40周年特集』 シンクタンクせとうち総合研究機構、pp.65, 104-105
  54. ^ 正井泰夫監修 (2013) 『今がわかる時代がわかる世界地図2013年版』成美堂出版、p.140
  55. ^ 谷治正孝監修 (2013) 『なるほど知図帳・世界2013』昭文社、p.135





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