効率的市場仮説 批判と行動経済学

効率的市場仮説

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/14 20:54 UTC 版)

批判と行動経済学

ロバート・シラーによるプロットに基づく株価収益率を用いた20年収益の予測 (Figure 10.1,[30] source)。縦軸は「根拠なき熱狂」中で計算されたS&Pコンポジット株価示数による実際の株価収益率(インフレ調整書価格をインフレ調整所得で割ったもの)を示す。横軸は実際のS&Pコンポジット株価示数の実際の利益の年間幾何平均、再投資配当率と20年後の売りを示す。異なる20年間のデータは凡例に示す色分けで表す。ten-year returnsも参照。シラーはこのプロットが「長期投資家はみな最近のような株高時期のエクスポージャーを抑えて株安の時期に入るよう忠告されているはずで、株価が業績に対して割安な時期から1つの銘柄に資金を10年間委託した投資家は確実に良い利益をあげている」ことを示していると述べる[30]。効率的市場仮説の一般的妥当性を擁護していることで有名なバートン・マルキールは、この相関は金利差に起因していて効率的市場仮説と矛盾しないと述べている[31]

投資家(ウォーレン・バフェットのような)[32]と研究者は効率的市場仮説について実証と理論の両方から論争を続けてきた。行動経済学者はこのような金融市場の不完全性の原因を認知バイアスの組み合わせに求める。認知バイアスとは、推論および情報処理における、過信、過剰反応、代表制バイアス、情報バイアスやそのほか予想される多様なヒューマンエラーである。これらはダニエル・カーネマンエイモス・トベルスキーリチャード・セイラーポール・スロビック英語版のような心理学者によって研究されてきた。推論におけるこれらのエラーにより、ほとんどの投資家は割安株ではなく割高な成長株を買い、その結果、正しく吟味した投資家が、顧みられなかった割安株の掘り出し物や成長株の暴落で利益を得ることになる。投資家は春にはリスクのある投資を、秋には安全な投資を好む傾向がある、と述べられている[33]

実証的な根拠は様々なもので混沌としているが、一般にストロング型の効率性を支持していない[10][11][34]。1995年のドレマンとベリーの論文によると、低いP/Eの株式はより大きな利益をあげている[35]レイ・ボール英語版はこのような高い収益は高いベータに起因すると主張し[36]、これはアノマリー現代ポートフォリオ理論によく則っていることを説明している[37]として効率的市場論者に受け入れられたが、ドレマンは更に前の論文においてボールの主張に反駁している。

ある年数にわたって低い利益をあげた株式を「敗者」とみなしたとする。すると「勝者」は同程度の期間にわたって高い利益をあげた株式ということになる。ヴェルナー・デボン英語版リチャード・セイラーの研究によれば米国株式市場において、「敗者」のリターンは「勝者」のリターンを上回ることが確認された(リターン・リバーサル効果)[38]。しかし、このデボンとセイラーの研究結果は効率的な市場という価値観に基づいた資産価格モデルであるファーマ=フレンチの3ファクターモデルで説明できることが実証されている[39]。また後の研究ではベータが平均利益の差を説明しないということが示されている[40]。(敗者が勝者になってしまうという)長い地平線上での利益の逆転傾向は、効率的市場仮説の更にもう一つの反証となっている。収益の逆転を正当化するためには、敗者は勝者よりも遥かに高いベータを持っていなければならない。この研究は、ベータの差が効率的市場仮説を救うという期待が、実はそうではないということを示している。

最も重要な効率的市場仮説アノマリーとしてモメンタム効果がある。ナラシムハン・ジャガーディッシュとシェリダン・ティットマン英語版によって確認されたモメンタム効果についての金融経済学の膨大な文献がある[41][42]。彼らは米国株式市場において過去3~12ヵ月にわたって比較的高(低)い利益を生み出している株式は、次の3~12ヵ月も利益が高(低)くなることを統計的に実証した。特にこのジャガーディッシュとティットマンにより発見されたモメンタム戦略の優位性はファーマ=フレンチの3ファクターモデルで説明できないことから[39]、効率的市場仮説に対しての重大なチャレンジと見なされた。モメンタム戦略は、利益の高いものを買って利益の低いものを売り、リスクを調整して平均的に正の利益を得ようとするものである。単純に株利益に基づいているため、モメンタム効果はウィーク型効率性を否定する強い根拠で、ほとんどの国の株利益、企業利益や公的な株価市場示数において観測されている。しかも、ファーマはモメンタムは一等のアノマリーだと受け入れている[43]

経済バブルと根拠なき熱狂

投機的な経済バブルは明白なアノマリーである。経済バブルでは、エスカレートする市場心理/根拠なき熱狂を作って基本的な価値を無視した買いに市場が頻繁に動かされる。このようなバブルの後の典型的な現象として、加熱した売りへの過剰反応が起こり、抜け目のない投資家が掘り出し物価格で株式を手に入れるのを許すことになる。ジョン・メイナード・ケインズの有名な言葉にあるように、「あなたが支払い能力を維持できる期間よりも長く市場は非合理であり続けられる」[44]ために、合理的な投資家が非合理なバブルで空売りして利益を得るのは難しい[要出典]。1987年のブラックマンデーのような唐突な市場崩壊は、効率的市場の眺望からは不可解なものであるが、ウィーク型効率的市場仮説では統計的に稀な事象として許容されている。 バートン・マルキールは、中国のような特定の新興市場が実証的に効率的ではないことを警告していて、上海や深圳のような市場はアメリカの市場とは違って強い系列相関(価格トレンド)があり、非ランダムウォーク的で操作の形跡を示しているという[45]

行動心理学

ダニエル・カーネマン

株式市場取引への行動心理学的なアプローチは、効率的経済仮説(ならびにまさにこのような非効率性を利用したいくつかの投資戦略)の対抗馬の中でも特に有望なものである[要出典]。しかし、ダニエル・カーネマンノーベル賞講演において投資家が市場を出し抜くことへの懐疑論を表明し、「彼ら〔投資家〕はそれ(市場の出し抜き)をやっていない。そのようなことはあり得ない。」[46]と述べた。実際に、効率的市場仮説の擁護者は、行動経済学は競争市場ではなく個人と集団のバイアスを強調しているという点で、効率的市場仮説を強化していると主張する。例えば、行動経済学の一つの突出した発見に、個人は双曲割引を使用するというものがある。債券、抵当、出資や類似の市場原理にさらされる金融機関が双曲割引を行わないのは明らかに真実である。これらの債務の値付けの中での双曲割引のあらゆる発露はさや取り売買を招き入れて個人のバイアスの痕跡を速やかに消していく。同様に、分散投資、デリバティブ保証やその他のヘッジ戦略が行動経済学の強調する個人の深刻なリスク許容性の低下(損失回避)を消し去らないまでも緩和する。それに対して経済学者、行動経済学者や投資信託マネージャーは人間なので行動科学者が陳列するバイアスに拘束される。反対に、行動経済学プログラムが強調する個人のバイアスの市場の価格シグナルへの影響ははるかに小さい。リチャード・セイラー認知バイアスについての自身の研究に基づくファンドを開いている。2008年のレポートの中でセイラーは複雑性と群衆行動が2008年の金融危機の中心だと同定している[47]

更なる実証的な取り組みは、売買コストの市場効率性の概念への影響を強調し、市場の非効率性に関連するあらゆるアノマリーが、投資情報を得るための費用を支払い投資家の費用便益分析の結果であることを、強い証拠をもって示唆している。付け加えると、流動性の概念は、異常な収益を検証する「非効率性」をとらえるための決定的な要素である。この提唱のあらゆる検証には、異常な収益の尺杖が必要になるために、市場効率性の検証を不可能にする結合仮説問題に直面する。モデルが要求される収益率を正しく規定するかどうかがわからなければ、市場が効率的かどうかを知ることはできない。その結果、株価モデルが間違っているか市場が非効率かのどちらかであるという状況になり、どちらが正しいのかを知るすべはなくなる[要出典]

株式市場の実績は、主要取引所のある都市の日照量と相関がある、と述べられている[48]

ランダムウォークの鍵となる研究は1980年代後半にアンドリュー・ロー英語版とアーチー・クレイグ・マッキンレーによりなされた。彼らはランダムウォークが全く存在していないことを効果的に論じている[49]

この論文が学会にアクセプトされるまでには約2年を要し、1999年にそれまでの彼らの研究論文を修正した"A Non-Random Walk Down Wall St." を発表した。

裁定の限界

心理学的なアプローチの一つの問題点としては裁定取引を通じた金融市場の価格調節機能が働かないことのもっともらしい説明ができないことである。その問題点を解決するために用いられるコンセプトとして裁定の限界: limits of arbitrage)がある。

そもそも金融商品の価格が非合理な投資家の売買行動によって適正な価格から逸脱すれば、裁定機会が生じ合理的な投資家は反対売買を行うことで利益が生じる。この反対売買の結果として価格は再び適正な価格に収斂する。ミルトン・フリードマンに端を発すると言われているこの議論[50]は市場の効率性を擁護する議論として度々用いられてきたが、この議論にもとづけば、もし合理的な投資家が何らかの制約により裁定機会を解消するような反対売買を行うことが出来なければ価格は適正値から逸脱したままになる。このように何らかの制約により裁定機会が消化されないことを裁定の限界と呼ぶ。

裁定の限界についてはいくつかの理論モデルが定式化されている。最も代表的なものとして、アンドレ・シュライファーロバート・ヴィシュニー英語版 の研究[51]がある。シュライファーとヴィシュニーは当該論文中において、ヘッジファンドなどの合理的な投資家が顧客から預かっている資金についての制約のために十分な反対売買を行えないことで、ノイズトレーダーと呼ばれる非合理な投資家の売買行動が起こした価格の逸脱が継続するという理論的結果を得ている。

裁定の限界によるアプローチは心理的バイアスを用いた手法と共に金融市場における行動経済学の主要な方法論の一つになっている[52]

経済学者の見解

経済学者マシュー・ビショップ英語版とマイケル・グリーンは、仮説を完全に受け入れることは、理性を失った行動が市場に本当の影響を与えるというアダム・スミスジョン・メイナード・ケインズの信条に反していると指摘した[53]

経済学者ジョン・クイジン英語版は「ビットコインはおそらく純粋なバブルの極上の好例である」と述べ、これが効率的市場仮説の決定的な反駁を提供していると主張した[54]。他の通貨として使える資産(金、タバコや米ドル)は人々が支払い方法として受け入れる意思とは独立した価値を持つのに対し、「ビットコインの場合はどのような価値の種も存在しない」として、以下のように述べた。

ビットコインが実際の利益を一切生み出さないため、人々が所有したがっているという保証によって値上がりしているということになる。しかし、利益のフローや流動的価値が無い中での終わりのない値上がりは、効率的経済仮説が起こり得ないとする種類のバブルに正確に該当する。

キム・マン・ルイ英語版は2013年に、熟練トレーダーと初心者トレーダーの実績の違いは管理された鍛錬にあると指摘した。市場が本当にランダムウォークするのであれば、これらの2種類のトレーダーの間に違いは出ないはずである。しかし、テクニカル分析に明るいトレーダーはそうでないトレーダーよりも遥かに高い実績を上げる[55]

チリジ・マルワラ英語版は、市場に人工知能を搭載したコンピューターのトレーダーが増えるほど市場は効率的になっていくため、人工知能が効率的経済仮説の理論の適用可能性に影響を与えるのではないかと推論した[1]

ウォーレン・バフェットもまた効率的経済仮説に反論していて、特に注目に値する1984年のプレゼンテーション「The Supervisers of Graham-and-Doddsville」において、世界最高レベルの運用投資会社で働く株式投資家の圧倒的多数は、投資家の成功は運で決まるという効率的経済仮説の主張に反論していると述べた[56]。マルキールは、プロのポートフォリオマネージャーの3分の2が(1996年までの)30年間にわたってS&P 500指数を越える実績を出せていない(しかも、ある年に実績が高い人とその次の年に実績が高い人の間の相関はほとんどない)ことを示している[57]








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