プレスヴィス プレスヴィスの概要

プレスヴィス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/05 06:58 UTC 版)

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プレスヴィス
現役期間 2008年 - 2012年
欧字表記 Presvis
香港表記 百威勝
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 2004年3月10日
死没 2012年10月17日(8歳没)[1]
Sakhee
Forest Fire
母の父 Never So Bold
生国 イギリス
生産者 M.アンデネス=キャンベル夫人
馬主 L.マリノプロス[1]、K.ベーレー、
P.ブース、W.チャーンレイ、
L.クマーニ夫人
調教師 L.クマーニ[1](イギリス)
競走成績
生涯成績 28戦8勝(総合)
10戦2勝(イギリス)
11戦5勝 (UAE)
4戦1勝(香港)
3戦0勝(シンガポール)
獲得賞金 4318943ポンド
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経歴

2008年(4歳)

4歳にしてようやく競走馬デビュー戦を迎え、5月にメイドン競走(未勝利戦)に出走して3着となり、その後もメイドン競走を2走して2走とも5着となった。そしてデビュー4戦目のオーガストハンデキャップ(一般競走)を制して初勝利を挙げた。初勝利後は一般競走で2走連続2着となり、9月のジョンスミスステークス(一般競走)では以降主戦騎手となるライアン・ムーアが初めて騎乗し、2勝目を挙げた。しかしその後は休養に入り、目立った成績を残すことなく4歳を終えた。

2009年(5歳)

休養を終えてドバイ遠征を行い、ナドアルシバ競馬場の一般競走を2連勝した。そして3月に重賞およびG1競走初挑戦となるドバイデューティーフリーに出走することになった。当時連勝中ながらほかに目立った勝ち鞍のなかった本馬だったが、イギリスブックメーカーが設定したオッズでは4番人気に支持されていた。そしてレースでは、道中後方に控え最後の直線で追い込んだが、逃げるグラディアトラスを捕らえられず、3馬身4分の1差で敗れて2着だった。レース後は香港に渡り4月のクイーンエリザベス2世カップに2番人気で出走し、レースでは道中後方に控え最後の直線で後方から追い込み、2着となった1番人気のヴィヴァパタカに1馬身差をつけて勝利し、重賞およびG1競走初勝利を挙げた[2][3]。騎手のムーアとルカ・クマーニ英語版厩舎、さらにはイギリス調教馬としても同競走初勝利となった。

その後シンガポールに遠征し、5月のシンガポール航空国際カップに1番人気で出走したが2着だった。休養をはさみ、11月のレースで2着に入ったあと、香港に遠征し香港カップに出走、ヴィジョンデタの3着だった。

2010年(6歳)

ドバイ遠征を行い、2月5日のアルタイエルモーターズトロフィーに出走し2着となった。その後3月4日ジェベルハッタ (G2) に出走し、勝利を収めた。しかし本番のドバイデューティーフリーでは11着と惨敗した。その後香港に渡り4月のクイーンエリザベス2世カップに出走したが5着に敗れ、連覇はならなかった。その後、シンガポールに渡り5月16日のシンガポール航空国際カップではリザーズディザイアの5着に終わった。6月16日プリンスオブウェールズステークスではいいところなく9着に敗れた。

2011年(7歳)

休養を終えてドバイ遠征を行い、1月27日のアルラシディーヤ (G2) に出走し勝利を収めた。その後3月3日ジェベルハッタ (G2) では3着となった。3月26日のドバイデューティフリーで1着となり2度目のG1勝利となった。その後香港に渡り4月のチャンピオンズマイルに出走したがエクステンションの6着、シンガポールに渡り5月22日のシンガポール航空国際カップでは10着に終わった。

2012年(8歳)

休養を終えてドバイ遠征を行い、1月26日のアルラシディーヤ (G2) に出走したが5着。その後3月10日のジェベルハッタでは9着に終わった。本番のドバイデューティーフリーでは14着と惨敗し、連覇はならなかった。このあと引退[1]、フランスで余生を過ごしていた[1]が、疝痛により死亡した[1]

年度別競走成績

  • 2008年(4歳) 7戦2勝
  • 2009年(5歳) 7戦3勝
    • 1着 クイーンエリザベス2世カップ (G1)
    • 2着 ドバイデューティーフリー (G1) 、シンガポール航空国際カップ (G1)
  • 2010年(6歳) 6戦1勝
  • 2011年(7歳) 5戦2勝
    • 1着 ドバイデューティーフリー (G1)
  • 2012年(8歳) 3戦0勝

※2012年3月31日現在。


  1. ^ a b c d e f g h i Scargill, Peter (2012年10月19日). “Globetrotting star Presvis dies after colic” (英語). Racing Post. 2013年1月15日閲覧。
  2. ^ QE2世C、ドバイDF2着のプレスヴィスが重賞初制覇netkeiba.com2009年4月26日閲覧。
  3. ^ トピックス&コラム|競馬コラム|海外競馬リポートJRAホームページ2009年4月26日閲覧。


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