フォン (前置詞)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/01/07 21:06 UTC 版)
この前置詞は、ドイツ語圏(オーストリアなどを含む)において、しばしば王侯(フュルスト)・貴族や準貴族(ユンカー)の姓の初めに冠する称号として使われる。以下に詳述する。
「フォン」称号の姓
フォンの付く姓は元来は前置詞の字義通り「〜出身」を意味し、中世初頭頃ゲルマン人の習俗として「姓」がなかった時代、領主が自らの領地の地名を名乗ったことの名残である。古くからの家柄のフォン姓は、家門の発祥地を示している(例:ハプスブルク家、ホーエンツォレルン家)。中世盛期以降は、このような元来の出身地を表す意味は薄れ、日本における名字に近い形式的なものとなった。フォンに続く地名はあくまで古い先祖の領地であり、実際の領地は全く異なる場所となっている場合が往々にしてある。
また、近代では新たに叙爵を受けたり、ユンカー、騎士(リッター)、領主(ヘル)などの準貴族に列せられた者が、元々の姓に「フォン」を冠して名乗るようになる例もある(例:ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ)。この場合は、出身地を指す意味合いは含まれない。爵位を持たない準貴族の場合は、「フォン」そのものが階級を表す一種の称号となる。この場合は英国の「サー」の称号と類似するが、フォンの称号は世襲が可能であり、また、養子縁組などでその称号を受け継ぐこともできる。
フランス貴族の姓に見られる「ド」または「ドゥ」 (仏: de) の称号なども意味合いとして類似する。また、オランダ語でもフォンと同源の前置詞「ファン」 (蘭: van) があり、同様に姓に冠して用いられる。ただし、オランダ語のファンは特別な称号ではなく一般的な姓の形式であり、平民でも名乗ることが多い。
なお、ドイツ人の君主(神聖ローマ皇帝など)のもとで保持されてきた制度であるため、ドイツ・オーストリア・スイスなどのドイツ系の家系以外にも、その支配下にあった非ドイツ系の家系(特に東欧)でもフォンを名乗る家は存在する。
「ツー」称号の姓
フォン姓と並んで、ツー (独: zu) の称号も用いられる。フォン姓に対して、こちらは主に比較的新興の領主が、出身地や現に支配している領地を明示するために用いることが多い。
フォンではなくツーのみを冠する姓(例:ボート・ツー・オイレンブルク)と、フォンとツーの両方を重ねた姓(例:フュルスト・フォン・メッテルニヒ=ヴィンネブルク・ツー・バイルシュタイン)がある。また、家名と領地名が同じである場合には、von und zu(フォン・ウント・ツー)と称する場合もある。例えばリヒテンシュタイン家の正式姓はフォン・ウント・ツー・リヒテンシュタイン(いわば「リヒテンシュタイン家(姓)にしてリヒテンシュタイン(地名)の領主」の意)となる。
ドイツ貴族の姓・爵位の呼び方
ドイツ語圏において王侯貴族の名前は「個人名 + 爵位・封号 + フォン(ツー) + 姓」の形で名乗る。姓にフォン (von) またはツー (zu) を冠するのは貴族の指標である。
姓のみを呼ぶ際に、常にフォンを冠して「フォン・○○氏」「フォン・○○家」などと称すか、フォンやツーは姓の一部ではなくあくまで前置詞的称号であると見なして省いて称するかは、ドイツ語圏においても揺れがある[1]。歴史上の人物など広く知られた人物については、フォンを省いて称することが多い。ただし、ジョン・フォン・ノイマンやヴェルナー・フォン・ブラウンのようにドイツ語圏外へ移住した者については、フォンを含めて固有の姓とされることがあり、この場合はドイツ語圏においても常にフォンを付けて呼ぶことが多い。
例として、クレメンス・フュルスト・フォン・メッテルニヒの場合、「メッテルニヒ侯クレメンス」もしくは「クレメンス・フォン・メッテルニヒ侯爵」と訳すのが妥当である。姓としては、「フュルスト・フォン-」の2語をもって「-侯」の意と見なすなら「メッテルニヒ侯」となり、逐語的に訳すなら「フォン・メッテルニヒ侯爵」となる。ただし、「フュルスト・フォン・メッテルニヒ侯爵」と訳すのは、太字部分が明らかに重複表現となる。
- ^ 「vonが姓の一部であるかどうかはドイツ人の間でも揺れているらしく、自分の名前を言うときにvonを付ける人と付けない人がいます。また、他の人がその人を呼ぶ際も時と場合によるようです」(新田春夫『ドイツ語 ことばの小径―言語と文化の日独比較』(大修館書店、1993年)より引用)
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