ハレとケ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/09/21 00:31 UTC 版)
参考文献
- 柳田國男『明治大正史 世相篇』新装版、講談社(講談社学術文庫)、1993年 ISBN 4061590820(旧版は1931年)
- 桜井徳太郎ほか『共同討議 ハレ・ケ・ケガレ』青土社、1984年
- 波平恵美子『ケガレの構造』青土社、1984年
- 桜井徳太郎『結衆の原点―共同体の崩壊と再生』弘文堂、1985年 ISBN 4335570325
- 新谷尚紀『ケガレからカミへ』木耳社、1987年 ISBN 4839374384
- 宮田登『ケガレの民俗誌―差別の文化的要因』人文書院、1996年 ISBN 4409540513
関連項目
- ^ 明治時代の民間では、花嫁衣装として黒縮緬紋付裾文様の振袖も着られた。
- ^ ““江戸時代の食事”を再現した人が登場し、ツイッターで注目 - お漬物、汁物……そして塩? 本人に話を聞いてみた (1)”. マイナビニュース (2020年7月14日). 2021年6月19日閲覧。
- ^ a b 柳田 (1993) p.29。柳田は、明治以降の庶民の生活の変化について、「褻と晴の混乱、すなわちまれに出現するところの昂奮というものの意義を、だんだんに軽く見るようになったこと」と説明している。
- ^ その成果として、桜井ほか『共同討議 ハレ・ケ・ケガレ』青土社、1984年。これには桜井のほか、谷川・坪井・宮田・波平の発言が収録されている。
- ^ 桜井ほか (1984) pp.23-25
- ^ 波平 (1985) p.32
- ^ 山本幸司 (2009). 穢れと大祓 増補版. 解放出版社. p. 13. ISBN 978-4-7592-5253-8
- ^ 桜井ほか (1984)。なかでも・谷川・坪井・宮田がデュルケームの聖俗論との対応関係を認めている。
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