64年ぶりの牝馬優勝
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/10 18:42 UTC 版)
「ウオッカ (競走馬)」の記事における「64年ぶりの牝馬優勝」の解説
5月27日、初の関東圏となる東京競馬場の東京優駿(日本ダービー)(JpnI)に出走。重賞3勝、皐月賞3着のフサイチホウオーが単勝1.6倍の1番人気、皐月賞優勝のヴィクトリーが2番人気で続き、ウオッカは10.5倍の3番人気に支持された。2枠3番から発走して馬場の内側、中団に位置。最終コーナーは8番手で通過し、直線では馬場の中央に持ち出した。馬群を抜き出でて、残り150メートルで逃げるアサクサキングスをかわし、アサクサキングスに3馬身差をつけて先頭で入線、東京優駿を優勝した。 1937年のヒサトモ、1943年のクリフジに続いて64年ぶり史上3頭目、優駿牝馬が春に移設されてから初めて、戦後初めてとなる牝馬による東京優駿制覇を達成。加えて、史上初めて父娘同一GI級競走制覇、当然史上初めての父娘東京優駿制覇を成し遂げた。また四位、角居ともに初の東京優駿制覇となり、それぞれダービージョッキー、トレーナーとなった。さらにカントリー牧場は、4頭の東京優駿優勝馬の生産牧場となり、下総御料牧場の6勝や小岩井農場の5勝、社台ファームやノーザンファームの4勝に次ぐ記録となった。下総と小岩井は共に戦前、宮内庁や財閥によって運営され、民間運営の牧場が未熟な時代に勝利を積み重ねていた。それに、社台とノーザンは競走馬の大量生産で運営形態をとっていた。そんな中にあってカントリー牧場の4勝、特に生産頭数を最大18頭までに制限した谷水雄三の代で2勝していることは「奇跡的な数字」(後藤正俊)「奇跡」(江面弘也)と称された。 当日は皇太子徳仁親王が、場内のJRA競馬博物館の特別展示を見物するため、および東京優駿の観戦するために東京競馬場へ行啓、台覧競馬となっていた。また、安倍晋三内閣総理大臣、安倍昭恵内閣総理大臣夫人も来場していた。四位は、スタンド前のウイニングランを行い、皇太子、晋三の正面でウオッカを止め、最敬礼を行っている。晋三は、表彰式にて谷水に内閣総理大臣賞を、四位に優勝カップを授与。出走前には昭恵は、ウオッカの単勝式を購入、それに倣って晋三が複勝式を購入し、両者ともに馬券を的中させている。(レースに関する詳細は、第74回東京優駿を参照。)
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