生に対する歴史の利害について
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/12 07:37 UTC 版)
「反時代的考察」の記事における「生に対する歴史の利害について」の解説
生に対する歴史の利害について (原題 : Vom Nutzen und Nachteil der Historie für das Leben) は「知識を得る目的としての知識」という一般的な視点ではなく、社会全体の健康をどのように向上させるのかの説明に沿って、生きることが最大の関心となるように歴史を読み解く1つの代替手段を示している。また同時に、古典的ヒューマニズムの基本的教訓への批判を展開している。 この評論で、ニーチェは人間の歴史主義 (人間は歴史を通じて創造されたという思想) と、人間の主観性の中に重要な側面があることから、客観的概念を持つことができるという両方の考えを批判している。ニーチェは、人間の本質はその内面ではなく、より高いところにあると、次の「教育者としてのショーペンハウアー」 (原題 : Schopenhauer als Erzieher) で展開している。グレン・モストは、ニーチェが歴史を"Geschichte"でなく"Historie"としたように、その評論を「生命の歴史部分の利用と乱用」として翻訳できると論じた。さらに、このタイトルはレオン・バッティスタ・アルベルティの研究論文 "De commodis litterarum atque incommodis" (文学研究の長所と短所について、1428年)に言及したヤーコプ・ブルクハルトに起源があると主張した。グレン・モストは、ニーチェが時期を誤ったことは、歴史主義を超え、ヴィルヘルム・フォン・フンボルトのヒューマニズムへの回帰を、そしておそらくそれを超えて、ルネサンスの初期のヒューマニズムへの回帰を求めたことだと述べている。 この特別な評論は、ニーチェの内心で、大きくなっていった一段と激しいエリート主義を表した、注目すべきものである。ニーチェの「時期を誤った」命題は、人類の大多数の集団の不必要さと、歴史が「偉人」だけに存在する意味を、積極的に主張する民衆の近代性に直面している。 .mw-parser-output .templatequote{overflow:hidden;margin:1em 0;padding:0 40px}.mw-parser-output .templatequote .templatequotecite{line-height:1.5em;text-align:left;padding-left:1.6em;margin-top:0}私にとって、民衆は次の3つの点でのみ価値があると考える。初めは、版面がすり減り、質の悪い紙に表れる偉人のぼやけた複製として、それから偉人たちへの抵抗として、最終的には偉人の仕事道具として。残りは悪魔と統計に運び去らせなさい。 —フリードリヒ・ニーチェ、生に対する歴史の利害について
※この「生に対する歴史の利害について」の解説は、「反時代的考察」の解説の一部です。
「生に対する歴史の利害について」を含む「反時代的考察」の記事については、「反時代的考察」の概要を参照ください。
- 生に対する歴史の利害についてのページへのリンク