状況証拠 刑事法

状況証拠

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/28 06:53 UTC 版)

刑事法

状況証拠は、刑事法廷でも推論を通じて有罪又は無罪を立証するために用いられる。

自明な例外(未成熟者、無能力者又は精神病者)を除けば、ほとんどの犯罪者は直接証拠を産み出すことを回避しようとする。特に主要国の多くは被疑者に黙秘権を認めることが多い。それ故、検察官は通常、故意ないしは意図の存在を立証するために状況証拠に頼らざるを得ない。原告が不法行為法に言うところの加害者から損害賠償を得るためにその過失を立証しようとするときも、同様である。

状況証拠(ここでは「間接事実」の意)の一例としては、犯行推定時刻前後におけるある人物の言動が挙げられる。お金を盗んだとして訴追された者の事例で言うと、盗難推定時刻の直後に容疑者が高価な物品を購入して景気良く散財していたのを目撃されたとすれば、その散財が容疑者が有罪であることの状況証拠であることが判明するかもしれないというわけである。

法科学的証拠

その他の状況証拠の例としては、犯行現場で発見された証拠の指紋分析、血液検査又は遺伝子診断が挙げられる。この種の証拠は、他の事実と併せて考慮すると、特定の結論を強力に指し示すことがある。それでも、犯罪が行われたときに直接目撃した者がいなければ、この種の証拠はあくまで状況証拠と捉えられるに止まる。もっとも、専門家証人によって証明されたときは、とりわけ直接証拠が何もないときに、この種の証拠は事案を左右するに足りるものとなるのが通常である。時代が下って法科学的手法が開発されることにより、古い未解決事件(いわゆるコールド・ケース)が解決されることも頻繁にある。

状況証拠の有効性

よくある誤解の一つに、状況証拠は直接証拠よりも有効性が低く、重要性も低いというものがある。[7]これは、一面では真実である。すなわち、直接証拠は、通常、最も強力であると考えられている。[8]しかし、刑事訴追の成功例では、大部分をあるいは完全に間接事実に依存した例が多いし、民事訴訟の提起も、状況証拠ないしは間接証拠に基づいていることが頻繁にある。

現に、あらゆる事案で可能な限り強力な証拠を意味する、広く用いられる比喩―「煙る銃」(銃撃されて死んだ被害者がおり、被害者が銃撃された直後に、ある者が硝煙を上げている銃を持っていたのなら、その者が犯人であるという意味)―は、状況証拠に基づく証明の一例である。[9]同様に、証拠の指紋、ビデオテープ、録音、写真及びその他の多くの物証であって、推論を引き出す根拠となるもの、即ち状況証拠は、非常に強力な証拠と見なされることがある。

実務では、状況証拠は、互いに整合し補強し合う複数の情報源に由来することがあり得るという点で、直接証拠に勝ることがある[10]。目撃証言は時として不正確であり[11]、偽証その他の誤った証言に基づいて有罪とされた者も多い。[12]故に、強力な状況証拠は評決のためにより信頼し得る基礎を提供することができる。状況証拠からの認定を基礎付けるためには、通常、これを発見した警察官やこれを解説する専門家といった承認が必要となる。この証人は、「スポンサー」ないしは「認証証人」としても知られ、直接証言(目撃証言)を与えるとともに、目撃者と同様に、信頼性が問題となることがある。

目撃証言は、信用し難いことがしばしばあり、紛争や精妙な虚構の対象となることもしばしばある。例えば、タイタニック号は700名近い目撃者がいる中で沈没したにもかかわらず、長年の間、沈没前に船体が二つに割れたか否かをめぐって活発な議論があった[13]。1985年9月に船体が発見されて初めて、真実が分かったのである。

もっとも、多くの場合には、同じ状況証拠の組み合わせから論理的には複数の結論が自然と引き出される。結論の一つが被告人の有罪を示すものであっても、結論のもう一つが被告人の無罪を示すものであるときは、「疑わしきは被告人の利益に」の原則が適用される。現に、状況証拠からは無実の可能性があると見えるときは、検察側はその可能性がないことを立証する責任を負う。[14]

ティモシー・マクベイの有罪判決の証拠の多くは、状況証拠であった。ロバート・プレヒトは、マクベイの公判について「検察側が間接証拠を用いていることは、心配するに及ばない。」と述べた。[15]2004年のスコット・ピーターソンの殺人事件公判も、状況証拠に大きく依存した有罪判決の有名な一例である。状況証拠に依拠した事案としては、ネルソン・セラーノの例も挙げられる。2015年の陳文深の殺人事件公判は、被害者とされる秦嘉儀の死体が発見されず[16]、状況証拠のみに基づいた有罪判決であった[17][18]

状況証拠の確からしさに関しては、ヘンリー・デイヴィッド・ソローが書いた格言が有名である。曰く、「状況証拠の中には非常に強力なものがある。あたかも牛乳の中で泳ぐ鱒を見つけたかの如く。」[19]


  1. ^ Aが第三者からVの財布を受け取ったことは、Aが必ず無実であることを意味しない。「第三者」がAの仲間であればAは共同正犯 Mittäterschaft, autoría conjunta であって、犯人=Aであることに変わりはないといえる可能性が残る。
  2. ^ 例えば、被害者や共犯者の供述が「詳細かつ具体的で、迫真的である。」と述べて、その供述の信用性を肯定する裁判例は枚挙にいとまがない。そのような判断過程を体系化する試みの一つに、アルネ・トランケル著、植村秀三訳(1976年)『証言のなかの真実―事実認定の理論―』(金剛出版、東京、1976年6月)がある。
  3. ^ その危険性を端的に示す一例が、日本で発生した八海事件に関する3次に及ぶ最高裁判所判決である。第2次最高裁判決は、被告人らが犯行への関与を自白する供述調書の記載が「新鮮で生々しく、決して大筋を外れては」いない点を、信用性を肯定する重要な論拠とし、真犯人しか知り得ない新事実を明らかにした部分(秘密の暴露)が見当たらないという第二次控訴審判決の指摘を重視しなかった。
  4. ^ ヤンヤン (2012年6月9日). “「東電女性社員殺害」再審―警察・検察・裁判所「マイナリ犯人シフト」の恐ろしさ”. J-CAST, Inc.. 2020年3月22日閲覧。
  5. ^ Transnational principle used in international commercial arbitration: Trans-Lex.org
  6. ^ Reasonable Doubt” (英語). law.jrank.org. 2018年10月23日閲覧。
  7. ^ LH Hoffmann & DT Zeffertt. The South African Law of Evidence (4th ed. ed.). p. 589 
  8. ^ Walton, Douglas. Legal Argumentation and Evidence. Penn State Press, 2010. pp. 77–78
  9. ^ Walton, Douglas. Legal Argumentation and Evidence. Penn State Press, 2010. page 78
  10. ^ Massachusetts Courts, jury instructions, Direct and Circumstantial Evidence "Circumstantial evidence ... may have an advantage because it comes from several different sources, which can be used as a check on each other."
  11. ^ Eyewitness Evidence: A Guide for Law Enforcement, U.S. Department of Justice, 1999 "Even honest and well-meaning witnesses can make errors, such as identifying the wrong person or failing to identify the perpetrator of a crime."
  12. ^ How Mistaken and Perjured Eyewitness Identification Testimony Put 46 Innocent Americans on Death Row. Rob Warden, Executive Director, Center on Wrongful Convictions, Northwestern University School of Law, 2001
  13. ^ https://www.encyclopedia-titanica.org/articles/wormstedt.pdf
  14. ^ New York State Courts, Criminal Jury Instructions, Circumstantial Evidence "If there is a reasonable hypothesis from the proven facts consistent with the defendant's innocence, then you must find the defendant not guilty." citing People v Morris, 36 N.Y.2d 877 (1975)
  15. ^ Jason (1997年6月4日). “'U' community satisfied with bombing verdict”. 1999年4月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年4月16日閲覧。
  16. ^ Love story ends in life sentence for killer December 6, 2017
  17. ^ Murder conviction secured despite absence of dead body” (2015年8月20日). 2020年3月17日閲覧。
  18. ^ Hong Kong financial boss Ivan Chan receives life sentence at retrial for murdering his mistress”. South China Morning Post (2017年12月5日). 2020年3月17日閲覧。
  19. ^ Reay-Smith, John (1992). The Lawyer's Quotation Book: A Legal Companion. New York: Barnes and Noble, Marboro Books Corp.. p. 91. ISBN 0-88029-879-0. https://archive.org/details/lawyersquotation00reay/page/91  Auden, W.H.; Kronenberger, Louis (1962). The Viking Book of Aphorisms. New York: Viking Press  quoted in Schrager, David; Frost, Elizabeth (1986). The Quotable Lawyer. New York, New York; London: Facts on File. p. 103. ISBN 0-8160-1184-2. ISBN 0-8160-2058-2. https://archive.org/details/quotablelawyer00shra/page/103 





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