火の馬
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/09/04 03:20 UTC 版)
あらすじ
西ウクライナ南部のカルパチア山地・チョルノホーラでは、山岳民族フツル人が昔ながらの生活を続けていた。あるフツル人の村では、パリイチュークとフテニュークという二つの家が反目しあっていた。両家は積年の怨念に加え、山で事故死したパリイチュークの息子の葬儀中に起きた決闘でパリイチュークがフテニュークの斧で殺されたことで、その対立はいよいよ決定的なものとなった。パリイチュークは死の直前、真っ赤な火となった馬が天目掛けて翔けて行くのを見た。パリイチュークの妻は、フテニュークの羊が皆死に絶えるよう、呪いの言葉をかけた。
こうした大人たちの対立にも拘らず、パリイチューク家に残された最後の息子となったイヴァーン(イワンコ)は、決闘の日に出会って以来敵の家の娘マリーチュカと親しくなっていった。やがて成長した二人は恋に落ち、末を誓い合った。マリーチュカはイヴァーンの子供を身籠った。フテニュークは裕福な家系で貧しい村人から妬まれており、パリイチューク家と親しい村人は挙ってマリーチュカを嘲弄した。だが、イヴァーンを信じるマリーチュカにとって、そうしたことは耐えられることであった。二人は短いながらも幸せな逢瀬を重ねた。
貧しい家系のイヴァーンは、結婚を前に出稼ぎに行かざるを得なかった。しかし、互いを信じ合う二人は少しも絶望はしなかった。イヴァーンは山の羊飼いの家に住み込みで働き、一方、村に残ったマリーチュカも自家の羊を養った。二人は片時も相手のことを忘れず、星を眺めては互いのことを思い出しあった。
月日は飛ぶように過ぎた。ある日、いつものように羊を追っていたマリーチュカは、はぐれて崖に迷い込んだ羊の子を救おうとして足を踏み外し、絶壁から急流へと転落した。村人の必死の捜索にも拘らず、マリーチュカは見つからなかった。騒ぎを聞きつけたイヴァーンも駆けつけたが、舟で川を下ったイヴァーンが見たものは、岸に打ち上げられ息絶えたマリーチュカの姿であった。
マリーチュカは、発見された岸の近くの崖の上に埋葬された。墓には、簡素な木の枝の十字架が立てられた。それ以来、イヴァーンの落ちぶれ方は誰しもが我が目を疑うほどであった。パリイチューク家はいよいよ没落し、たった一人の母も不幸のうちに没した。数年の間、イヴァーンは乞食同然の生活を送った。村人はある者は陰口をたたき、ある者は彼を哀れんだ。親しくなった羊飼いの仲間たちも、イヴァーンを助けることはできなかった。マリーチュカなしでは、彼に幸せが訪れようもなかった。しかし、彼の生は続いた。
村人たちは、イヴァーンが立ち直ることのできるよう新しい花嫁を探した。パラーフナという娘は、イヴァーンと親しくなり彼のことを愛していた。二人は、イヴァーンが馬に蹄鉄を打ちつけているときに出逢った。村人たちの勧めにより二人は結婚し、一見幸せそうな日々が訪れた。だが、イヴァーンの心には死んだマリーチュカの姿しかないことをパラーフナは知っていた。パラーフナは子供が授かるよう祈り、イヴァーンの心が自分に向かってくれるよう願った。だが、その願いは儚かった。二人の家には、夜な夜なマリーチュカの霊が訪ねて来るようになった。パラーフナは悲しみから村のユールコという魔術師と親しくなり、やがて公然と浮気を行うようになった。だが、イヴァーンは彼女のそんな振る舞いにも気づかない様子であった。
しかし、ある日ユールコが皆の前でパラーフナと親しげに振舞った挙句イヴァーンの友人を傷つけたことから、ついにユールコとイヴァーンは決闘となった。イヴァーンは、手斧でユールコを倒そうとしたが、逆にユールコの斧によって額を傷つけられた。精神の混乱したイヴァーンの眼に映ったのは、マリーチュカの墓の十字架であった。イヴァーンは優しいマリーチュカの転落した崖へ、森の中をルサールカ(マフカ)となった彼女の霊に導かれていった。イヴァーンは叫びを残し、川面へと転落していった。
イヴァーンの葬式の日、彼の友人や彼を婚礼へ送り出した老婆たちは悲しみに沈んだ。パラーフナは、悲しみに浸ることもできず、またさして晴れ晴れしい気持ちにもなれず、その夜を過ごした。イヴァーンは結局、死してなお彼女を向くことはなかったのである。
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