交通戦争
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/01 15:20 UTC 版)
第二次交通戦争
1971年(昭和46年)以降減少に転じた交通事故死亡者は、1980年(昭和55年)よりふたたび増加に転じ、1988年(昭和63年)に1万人を超え「第二次交通戦争」とも呼ばれる状況となった。
この背景について警察白書では、「自動車交通の成長に交通違反取締りを行う交通警察官の増員や、交通安全施設等の整備等を推進するための予算を国や地方公共団体が十分に措置できなくなったため」と解している。
また、交通事故死者では、以前は児童や高齢者を中心とした歩行中の死者がもっとも多かったが、1975年(昭和50年)以降、自動車乗車中の死者が最多となった。また、新人類世代や第2次ベビーブーム世代の運転免許取得時期とも重なる1980年(昭和55年)から2000年(平成12年)にかけては、若者の運転中の死者が急増した。
その後、シートベルト装着の徹底(2008年(平成20年)より後席着用義務化)、飲酒運転への罰則強化(および危険運転致死傷罪の新設)、チャイルドシートの義務化、エアバッグやアンチロック・ブレーキ・システムの普及、衝突安全ボディーの進歩により自動車乗車中の死者は激減した。2014年(平成24年)の交通事故死者数は4113人と14年連続で5000人を下回り、過去最悪だった昭和45年の死者数の四分の一以下になり[4]、第二次交通戦争と言われる状況は終わりを告げた。しかし、自動車が関わる交通事故で多数の犠牲者が出ていることに変わりはなく、ゾーン30や移動式オービスなどによる自動車への規制取り締まりの強化、罰則の強化、横滑り防止装置の義務化、サイドカーテンエアバッグや自動ブレーキの搭載、歩道や自転車走行道、歩車分離式信号の整備などが進められており、今後もさらなる交通事故死者数の減少が期待されている[4]。
2016年は3904名が交通事故で亡くなっている。年間3千人台の死者数は1949年以来であった。2017年は3694名が交通事故で亡くなった。統計史上の最少を更新したが、高齢者比率は昨年に次ぐ半数超であった。
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