ロバート・A・ハインライン 作品

ロバート・A・ハインライン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/09 08:35 UTC 版)

作品

初期(1939年-1958年)

ハインラインが最初に書いた長編 For Us, The Living: A Comedy of Customs (1939) は生前には出版されなかったが、後に Robert James が原稿を探し出し、2003年に出版された。小説としては失敗作とされているが[5]、ハインラインの人間を社会的動物として見る考え方や自由恋愛への興味の萌芽が示されているという点で興味深い。後の作品群のテーマの萌芽が数多く含まれている。

ハインラインは1930年代、自由恋愛などの考え方を私生活でも実践していたようで、2番目の妻とはそのようなオープンな関係だった。当時の彼はヌーディズムも信奉していて[4]、ヌーディズムや身体的タブーといった話題が作品にもよく出てくる。冷戦真っ盛りの時代には、自宅の地下に核シェルターを作った[4]

売れなかった処女長編に続き、ハインラインは短編小説を雑誌に売り、その後長編が売れるようになった。初期の短編の多くは、政治・文化・技術革新などを含む完全な年表に従った《未来史》に属していた。その年表は1941年5月号のアスタウンディング誌に掲載されている。その後ハインラインは《未来史》とある程度一貫性を維持しつつも、自由に逸脱した小説を書くようになった。実際、《未来史》は現実に追いつかれてしまった。晩年になってハインラインは World as Myth として全作品を一貫して説明付けるようになった。

最初に出版された長編『宇宙船ガリレオ号』は月旅行を描いた小説だが、月はあまりにも遠いとして出版を拒否されたことがある。幸いにもスクリブナーズが出版してくれることになり、その後毎年クリスマスの時期にジュブナイルを出版するようになった[19]。そのうち8作品には Clifford Geary の独特なスクラッチボード風のイラストが添えられていた[20]。代表例として『大宇宙の少年』、『ガニメデの少年』、『スターマン・ジョーンズ』がある。これらの多くは雑誌には別の題名で連載され、その後単行本化に際して改題されている。例えば、『ガニメデの少年』(原題は Farmer in the Sky)はボーイスカウト雑誌 Boys' LifeSatellite Scout(衛星のボーイスカウト)として連載されていた。ハインラインがプライバシーを強固に守ったことについて、青少年向けの小説家として独特の私生活を秘密にしておくためだったという憶測がなされてきたが、For Us, The Living ではプライバシーに重点を置いた政治を主義として主張している[注釈 3]

ハインラインが青少年向けに書いた作品は "the Heinlein juveniles" と呼ばれ、青年期と大人のテーマの混合を特徴とする。これら作品で彼が描く問題の多くは、青年期の読者が経験するような問題と関連している。主人公は通常非常に聡明な10代の若者で、周囲の大人たちの社会の中で自らの道を切り拓く必要に迫られる。表面的には単純な冒険・達成の話であり、愚かな教師や嫉妬した同級生とのやり取りである。しかし、ハインラインは若い読者が多くの大人が思っているよりも洗練されていて、複雑で難しいテーマを処理できると考えていた。そのためハインラインの作品はジュブナイルであっても大人の鑑賞に耐えるレベルになっている。例えば『レッド・プラネット』では、若者による革命といった非常に過激なテーマを扱っている。編集者は、子供が武器を使用する場面や火星人の性別の誤認といった描写を変えるようハインラインに要求した。ハインラインはこのような制限をしばしば経験しており、表面的にその制限に従いつつ他のジュブナイルSFにはない考え方をその中に潜ませた[要出典]

1957年、ジェイムズ・ブリッシュはハインラインの成功した要因として「高性能な機械のようなストーリーテリングの才能にある。ハインラインは最初からあるいは生まれつき、そういった才能(他の作家が苦労して身につける、あるいは決して身につけられない才能)を身につけていたようだ。常に機械のようにうまく物語を紡ぐわけではないが、常にそれを意識して書いていると思われる」としている[21]

1959年–1960年: 飛躍の年

1958年、左翼がアイゼンハワー大統領に核実験中止を要求していたころ、ハインラインは個人的反論として[22]物議を醸すことになるジュブナイル小説『宇宙の戦士』(1959) を書き上げた。

『宇宙の戦士』は成人を迎える若者が社会における義務・公民権・軍隊の役割について考える物語である[23]。そこで描かれている社会では、主人公のように兵役に就くなど公的な仕事につかないと参政権が得られない。後に Expanded Universe で、公的な仕事は兵役だけでなく、教師や警察官や役人などを含むことを意図していたと述べている。さらに参政権は退役後に与えられるもので、軍人には全く参政権がない、とされている。

中期(1961年–1973年)

1961年(『異星の客』)から1973年(『愛に時間を』)まで、ハインラインはリバタリアニズム的な小説もいくつか書いている。この時期の作品は、個人主義、リバタリアニズム、自由恋愛といった最も重要なテーマを追求している。『異星の客』は出版されなかった処女長編 For Us, The Living: A Comedy of Customs にも見られた自由恋愛と過激な個人主義をテーマとしており、書き上げた後もしばらく出版されなかった[注釈 4]。『月は無慈悲な夜の女王』は月の植民地の独立戦争を描いたもので、政府によって個人の自由に突きつけられた脅威を描いている。

ハインラインはファンタジーをほとんど書いたことがなかったが、この時期に最初のファンタジー長編『栄光の道』を書いている。また、『異星の客』や『悪徳なんかこわくない』ではハードSFとファンタジー・神秘主義の融合を試み、宗教団体への皮肉も加えている。このような新たな方向性についてハインラインは James Branch Cabell の影響があったとしている。『悪徳なんかこわくない』について評論家ジェームズ・ギルフォードは「ほとんど一般的に文学的失敗とみなされている」とし、ハインラインは腹膜炎で作家としては死んだと結論付けた[24]

後期(1980年–1987年)

体調不良による7年のブランクを経て、ハインラインは1980年(『獣の数字』)から1987年(『落日の彼方に向けて』)の間に5つの長編を書いた。これらの作品には登場人物や時代や場所に相互の繋がりがある。これら作品はハインラインの人生観や信念を明示しており、政治・性・宗教について忌憚なく書かれている。読者の評価は様々で、一部の評論家は酷評している[25]。ハインラインのヒューゴー賞受賞作品は全てこれ以前の時代に書かれている。この時期の作品はどれも『宇宙の戦士』に輪をかけて説教くさい面がある。

『獣の数字』や『ウロボロス・サークル』は最初は緊張感のある冒険もののようだが、最後には哲学的ファンタジーとなっている。これを破綻と見るか、『異星の客』を始めとするマジックリアリズム的方向にSFの境界を広げようとする試みと見るかで評価が分かれる。あるいは、量子力学の文学的暗喩と見ることもできる(『獣の数字』は観察者効果を扱い、『ウロボロス・サークル』の原題The Cat who walks through Wallsシュレーディンガーの猫を示している)。この時期の作品は《未来史》から枝分かれした World as Myth と呼ばれるシリーズに属するとされている[26]

『異星の客』や『愛に時間を』で始まった作者の自己言及は、『ウロボロス・サークル』でさらに鮮明となっている。主人公は傷痍退役軍人から作家になった人物で、ハインラインの妻をモデルにしたと思われる強い女性と恋に落ちる[27]

1982年の『フライデイ』は従来の冒険物語に近い(「深淵」の登場人物や背景を使っており、『人形つかい』との関係が示唆されている)。フロンティアにこそ自由があるという結論は『月は無慈悲な夜の女王』や『愛に時間を』と変わらない。

1984年の『ヨブ』は、宗教団体への鋭い皮肉である。


注釈

  1. ^ 保守的な選挙区で民主党左派の候補として奮闘したが、民主党の予備選挙で敗れた(For Us, The Living: A Comedy of Customs 2004年版のあとがき247ページ)。そのころコンラート・ヘンラインの名が新聞の見出しに出たことも影響したとしている。
  2. ^ 1つはポール・ディラックと反物質についての記事で、もう1つは血液の化学についての記事である。前者は Paul Dirac, Antimatter, and You という題で、後に Expanded Universe に収録された。この中でディラック方程式を間違って紹介しており、科学の普及者としての一面をよく表しているとともに物理学の素養のなさも露呈している。
  3. ^ ハインラインがプライバシーを重視していたことは For Us, the Living などの小説にも現れているが、その行動にも現れていた。ハインラインは彼の作品を分析したアレクセイ・パンシンと諍いを起こしている。ハインラインはパンシンが「彼の行動を覗き込み、プライバシーを侵害している」として、パンシンを告発し、パンシンへの協力を取りやめた。ハインラインはパンシンの出版社に警告の手紙を出している。1961年のワールドコンに招待された際の講演で核シェルターを作って未登録の武器を隠すことを主張し、実際に自宅に核シェルターを作っている。ヌーディストでもあったため、サンタ・クルーズの自宅の周囲にフェンスを張り、『異星の客』に影響された人々に覗かれないようにした。年を経るに従って徐々にかつての左翼政治への関与を隠すようになり、サム・モスコウィッツがそうした情報を含む伝記を出版しようとするのを全力で阻止しようとした。Enter.net
  4. ^ チャールズ・マンソンが『異星の客』に影響を受けていたという都市伝説があるが、マンソンの仲間の中にはそれを読んでいた者もいたが、マンソン本人は読んでいなかったと述べている。しかし、ハインライン夫妻がマンソン・ファミリーを特に警戒していたことが Grumbles from the Grave (Reason.com) に収録されているバージニア・ハインラインの手紙からうかがわれる。Church of All Worlds は明らかに『異星の客』の影響を受けて設立されている。ハインラインはその教祖と個人的にやり取りし、機関紙を購読していたが、教団設立には全く関わっていない(Heinleinsociety.org 参照)。
  5. ^ 『ルナ・ゲートの彼方』がよい例だが、大学でこの本をテキストとして使っていた講師によると、一部の学生が必ず「彼は黒人ですか?」と聞いてきたという[1]
  6. ^ 例えば『宇宙の戦士』で兵科決定係のミスター・ヴァイスがそういう意味のことを言っている (p. 37, New English Library: London, 1977 edition.)
  7. ^ 同題の児童向け抄訳版がある。
  8. ^ a b c d 別題は児童向け抄訳版
  9. ^ a b 福島正実による抄訳版がある。
  10. ^ 福島正実による児童向け抄訳版
  11. ^ 井上勇訳 創元推理文庫
  12. ^ ハヤカワSFシリーズ

出典

  1. ^ WonderCon 2008 :: Robert A. Heinlein Memorial Blood Drive
  2. ^ Robert J. Sawyer. The Death of Science Fiction
  3. ^ Sir Arthur Clarke Named Recipient of 2004 Heinlein Award. Heinlein Society Press Release. May 22, 2004.
  4. ^ a b c d Houdek, D. A. (2003年). “FAQ: Frequently Asked Questions about Robert A. Heinlein, the person”. The Heinlein Society. 2007年1月23日閲覧。 See also the biography at the end of For Us, the Living, 2004 edition, p. 261.
  5. ^ a b c William H. Patterson, Jr. (1999). “Robert Heinlein—A biographical sketch”. The Heinlein Journal 1999 (5): 7–36.  Also available at Robert A. Heinlein, a Biographical Sketch. Retrieved July 6, 2007.
  6. ^ James Gunn, "Grand Master Award Remarks; "Credit Col. Earp and Gen. Heinlein with the Reactivation of Nevada's Camp Clark," The Nevada Daily Mail, June 27, 1966."
  7. ^ "Social Affairs Of The Army And Navy", Los Angeles Times; Sep 1, 1929; p. B8.
  8. ^ a b Isaac Asimov, I, Asimov.
  9. ^ "Robert A. Heinlein's Legacy" by Taylor Dinerman. The Wall Street Journal, 7/26/07.
  10. ^ For Us, The Living: A Comedy of Customs 2004年版のあとがき, p. 245.
  11. ^ Tramp Royale, 1992, uncorrected proof, ISBN 0-441-82184-7, p. 62.
  12. ^ Heinlein, Robert A. Grumbles from the Grave, ch. VII. 1989.
  13. ^ The Rolling Stone
  14. ^ Heinlein’s Women, by G. E. Rule
  15. ^ The Passing of Ginny Heinlein. January 18, 2003.
  16. ^ Virginia Heinlein to Michael A. Banks, 1988
  17. ^ Photograph, probably from 1967, pg. 127 of Grumbles from the Grave.
  18. ^ The Heinlein Archives”. www.heinleinarchive.org/. 2024年3月22日閲覧。
  19. ^ Robert A. Heinlein, Expanded Universe, foreword to "Free Men", p. 207 of Ace paperback edition.
  20. ^ Heinlein in Dimension, Chapter 3, Part 1
  21. ^ James Blish, The Issues at Hand, page 52.
  22. ^ John J. Miller. “In A Strange Land”. National Review Online Books Arts and Manners. 2009年11月27日閲覧。
  23. ^ Centenary a modern sci-fi giant The Free Lance Star, June 30, 2007.
  24. ^ Robert A. Heinlein: A Reader's Companion, James Gifford, Nitrosyncretic Press, Sacramento, California, 2000, p. 102.
  25. ^ See, e.g., Review of Vulgarity and Nullity by Dave Langford. Retrieved July 6, 2007.
  26. ^ William H. Patterson, Jr., and Andrew Thornton, The Martian Named Smith: Critical Perspectives on Robert A. Heinlein's Stranger in a Strange Land, p. 128: "His books written after about 1980 ... belong to a series called by one of the central characters World as Myth." The term Multiverse also occurs in the print literature, e.g., Robert A. Heinlein: A Reader's Companion, James Gifford, Nitrosyncretic Press, Sacramento, California, 2000. The term World as Myth occurs for the first time in Heinlein's novel The Cat Who Walks Through Walls.
  27. ^ Robert A. Heinlein, 1907-1988”. Biography of Robert A. Heinlein. University of California Santa Cruz. 2009年11月27日閲覧。
  28. ^ Was Robert A. Heinlein a Libertarian?”. 2010年9月18日閲覧。
  29. ^ Robert A. Heinlein, Expanded Universe, foreword to Solution Unsatisfactory, p. 93 of Ace paperback edition.
  30. ^ Citations at Sixth Column.
  31. ^ Appel, J. M. Is all fair in biological warfare? The controversy over genetically engineered biological weapons, Journal of Medical Ethics, Volume 35, Pp. 429-432 (2009).
  32. ^ Robert A. Heinlein, Expanded Universe, p. 396 of Ace paperback edition.
  33. ^ Robert A. Heinlein, Starship Troopers, p. 121 of Berkley Medallion paperback edition.
  34. ^ 『愛に時間を』の「幕間 ラザルス・ロングの覚え書抜粋」
  35. ^ William H Patterson jnr's Introduction to The Rolling Stones, Baen: New York, 2009 edition., p.3.
  36. ^ Gary Westfahl, "Superladies in Waiting: How the Female Hero Almost Emerges in Science Fiction", Foundation, vol. 58, 1993, pp. 42–62.
  37. ^ a b The Heinlein Society
  38. ^ Panshin, p. 3, describing de Camp's Science Fiction Handbook
  39. ^ Robert A. Heinlein: A Reader's Companion, p. xiii.
  40. ^ The New York Times Magazine, On Language, by William Safire, September 3, 2006
  41. ^ Church of All Worlds | religious organization” (英語). Britannica. 2023年7月5日閲覧。
  42. ^ The Hammer and the Feather. Corrected Transcript and Commentary.
  43. ^ Miller, John J.. “In a Strange Land on National Review / Digital”. nrd.nationalreview.com. 2008年10月21日閲覧。
  44. ^ 第二次世界大戦における枢軸国の勝利での歴史改変SF
  45. ^ 1956 Award Winners & Nominees”. Worlds Without End. 2010年9月16日閲覧。
  46. ^ 1960 Award Winners & Nominees”. Worlds Without End. 2010年9月16日閲覧。
  47. ^ 1962 Award Winners & Nominees”. Worlds Without End. 2010年9月16日閲覧。
  48. ^ 1967 Award Winners & Nominees”. Worlds Without End. 2010年9月16日閲覧。






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