ロジスティック方程式
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/01 01:58 UTC 版)
名称の由来
フェルフルストは、1845年の論文で、"Nous donnerons le nom de logistique à la courbe"(参考訳:私たちはその曲線にロジスティック "logistique" という名前を与える)と述べ[113]、ロジスティック方程式の解による曲線を logistique と名付けた[42]。これが、式が"ロジスティック"方程式、その解曲線が"ロジスティック"曲線と呼ばれる由来である[114]。しかし、フェルフルストは logistique という語を使った理由を説明しなかったので、それ以上の由来は分かっていない[115][39][2]。
logistique と名付けられた理由のいくつかの推測は存在する。ベルギー王国陸軍士官学校の数学教授のHugo Pastijnは、実際の理由は不明と断った上で、
- 陸軍大学に勤めていたフェルフルストも馴染みが有ったであろう「兵站」の意味と関連付けて logistique と名付けたのではないか
- フェルフルストのモデルでも扱われる人口のための限られた資源と関連させて、「住居」を意味するフランス語の logis から名付けたのではないか
と、ありえそうな理由を2点ほど推測している[115]。また、19世紀当時のフランスでは、logistique には「計算に巧みな」「計算の技巧」といった意味での用例があった点も指摘されている[116]。
モデルの拡張・応用
既に述べたとおり、ロジスティック方程式を基本にすえて、様々なモデルが提案されてきた。以下では、そのようなモデルの拡張・応用の例を説明する。
捕獲の影響
人間が資源として利用するための捕獲や収穫は、その種を絶滅させる可能性もあるほどの大きな影響を持っている[45]。漁業分野では、水産資源を獲りつくさないように資源・漁業管理する必要性が認識されている[117]。持続可能な漁業のためには、人間による漁獲量が漁獲対象の自然増加量を上回らないようにする必要がある[118]。漁獲量と自然増加量が一致するとき資源は一定に保たれるので、このときの漁獲量を持続生産量と呼ぶ[118]。さらに、可能な持続生産量の中でも最大のものを最大持続生産量(MSY)と呼び、漁獲基準の一つの目安とされている[119]。
この最大持続生産量の値をロジスティック方程式を利用して定量化するモデルを、ジェーファーのプロダクションモデルなどと呼ぶ[118]。漁獲量(漁獲速度)を Y とすれば、次のように、ロジスティック方程式で表される個体数増加率(自然増加率)から Y を差し引いた値が実際の増加率となる[45]。
ロトカ・ヴォルテラの競争式では係数の値がある範囲内のときのみ2種が共存し(図の3)、それ以外ではどちらかが絶滅する(図の1, 2, 4)[124]。 「競争 (生物)」および「ロトカ・ヴォルテラの競争方程式」も参照ロジスティック方程式は環境内に1種のみが存在するときの(あるいは1種とみなせるときの)モデルだが、実際の環境では複数以上の種が生息している[125]。複数の種が存在するとき、それぞれの種の間には競争や相利共生、捕食-被食などの関係が存在して、それぞれの個体数が互いの個体数増加率に影響を与える[126]。その中でも特に、環境内に競争関係にある2種が存在する場合にロジスティック方程式を拡張させたものとして、以下のロトカ・ヴォルテラの競争方程式が知られる[127]。
ヒツジキンバエ。ロバート・メイが時間遅れを持つロジスティック方程式でこのハエの個体数変動の解析を行った。 ロジスティック方程式では、ある時刻の個体数 N(t) が同時刻の個体数増加率 dN(t)/dt に瞬間的に影響を与えるというモデルになっている[29]。しかし、妊娠期間や性成熟までの期間などが存在するため瞬間的に影響が出るというのは非現実的でもある[131]。よって、モデルの中に影響の時間遅れを含ませることが考えられる。遅延時間を T とすると、ロジスティック方程式に時間遅れの効果を取り込んだモデルとして
離散時間型モデルの場合の個体数の変化の様子。いずれも K と N0 の値は同じだが、青が r = 0.6、赤が r = 2.1、緑が r = 3 のときを示している。 「ロジスティック写像」も参照ロジスティック方程式では、時間 t を連続な実数として個体数変動をモデル化した。しかし、世代の交代が同期的に起こり、世代の重なりがないようなときには、時間を飛び飛びの時間間隔(離散時間)でモデル化する方が妥当である[138]。ロジスティック方程式型の離散時間モデルにはいくつかの種類があるが、一例として次のような差分方程式がある[139]。
ここで、n は世代で、n = 1世代, 2世代, 3世代,... といったような飛び飛びの時間間隔を意味している。Nn は、n 世代における個体数 N を意味している[139]。上式と数学的には等価だが、ロジスティック写像と呼ばれる、次の形式での差分方程式もよく知られている[140]。
これらの差分方程式はロジスティック方程式と一見似ているが、解の様相は全く異なり、個体数の変動はロジスティック方程式よりも遥かに複雑な振る舞いを見せるようになる[141]。r(または a)が小さい内は、これらの解はロジスティック方程式と同じように安定な平衡状態に収束する[142]。r が大きくなってくると、個体数は多くなったり少なくなったりを交互に繰り返すようになる。さらに r が大きくなると、カオスと呼ばれる非周期的で極めて複雑な振る舞いを起こすようになる[143]。
また、京都大学の森下正明が発案した次のような差分方程式がある[144]。
ここで、Δt を差分時間間隔として、a と b は
である。通常、差分化を行うと元の方程式の解と誤差が生じる[145]。しかしこの方程式では誤差を全く生じさせない[140]。得られる解は離散的だが、その解はロジスティック方程式の解と一致し、解を N-t 平面上に描けば、ロジスティック曲線上に正確にプロットされる[146]。
生物個体数以外での例
本来の導入目的であった生物の個体数の変動以外にも、ロジスティックモデルがしばし使用される。興味対象の何かの変量が時間発展とともにS字型の曲線を描くようなときに、この式がよく当てはまる[147]。水産資源管理の例では、生物の体の大きさの成長曲線にロジスティック曲線を当てはめることがある[148]。また、人間の集団の中で無形なものが広まる様子を表すのにもロジスティックモデルが使われることがある。例えば、新技術の社会・産業全体への普及[149][150]、ある集団の中での噂の拡散[151]がある。
また、時間変化ではないが、統計学においてはロジスティック関数と同形式の累積分布関数 f(x) を持つ連続確率分布が用いられている。これをロジスティック分布と呼ぶ[152]。人工ニューラルネットワークの研究で使われるシグモイド関数の一つとしてもロジステック関数が利用されている[153]。
他形式
上記ではロジスティック方程式を
と表したが、これ以外の表現もある。いずれも数学的には等価だが、その導出過程における生態学的意味づけは様々である[154]。 k = r / K と置いて、ロジスティック方程式は
とも表される[155]。k はVerhulst-Pearl係数や種内競争係数と呼ばれる[156]。個体群密度が増加率を減少させる影響の強さを k が表しているといえる[157]。
他には、変数を N = N/K と置きなおして、すなわち個体数ではなく環境収容力に対する個体数の割合を変数として
という形式もある[158]。
非線形のロジスティック関数を扱いやすくするために線形の対数関数に変換する、フィッシャ・プライ変換(英語:Fisher-Pry transform)と呼ばれる次のような変換もある[150]。
ここで FP = N とすると、ロジスティック関数のパラメータとの関係は K = 1, r = b, N0 = ea/(1 + ea) である。
注釈
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- ^ ティェンイェン・リー、ジェームス・A・ヨーク「第10章 区間上のカオスを探索する」『カオスはこうして発見された』ラルフ・エイブラハム、ヨシスケ・ウエダ (編) 稲垣耕作、赤松則男(訳)(初版)、共立出版、2002年、169-170頁。ISBN 4-320-03418-X。
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