レイラック滋賀FC
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/20 02:17 UTC 版)
歴史
- 2005年
- 2006年
- 2007年
- 関西サッカーリーグ1部2位。
- 第13回滋賀FAカップ優勝(決勝戦で4-2でびわこ成蹊スポーツ大学に勝利)。
- 滋賀県代表として初めて天皇杯全日本サッカー選手権大会に出場。2回戦で栃木SCに敗れる。
- 全国社会人サッカー選手権大会で初優勝
- 全国地域リーグ決勝大会で決勝ラウンド3位の成績を収め、日本フットボールリーグ(JFL)へ昇格。
- 2008年
- 2009年
- ガンバ大阪元コーチの和田治雄が監督に就任。
- 第14回滋賀FAカップ ベスト4 準決勝でびわこ成蹊スポーツ大学にPK戦の末敗退。
- JFL8位(全18クラブ)。
- 2010年
- 草津線全線開通120周年、全線電化30周年が胸スポンサーに。
- 第15回滋賀FAカップ 優勝 決勝戦で3-1でTOJITSU滋賀FCに勝利。
- 初のJリーグクラブと公式戦 第90回天皇杯全日本サッカー選手権大会2回戦でヴィッセル神戸に敗退。
- JFL11位(全18クラブ)
- 2011年
- 第16回滋賀FAカップ準優勝(決勝でSAGAWA SHIGA FCに0-1で敗戦)。天皇杯出場ならず。
- 東広樹が監督に就任。
- JFL13位(全18クラブ)
- 2012年
- MIOびわこ滋賀に改称
- 第17回滋賀FAカップ準優勝(決勝でSAGAWA SHIGA FCに0-3で敗戦)。天皇杯出場ならず。
- JFL8位(全17クラブ)
- 2013年
- Jリーグ準加盟を申請した[4] が、継続審議となった[5]。しかし、その後Jリーグ百年構想クラブ申請に関するJリーグやクラブからの公式発表はされていないため、Jリーグ百年構想クラブの申請は行われていない。
- 2014年
- 川島弘治が監督に就任。
- 2015年
- 中尾幸太郎が監督に復帰。
- 2016年
- 中口雅史が監督に就任。
- 2020年
- 2021年
- 2022年
- 小寺一生がFC琉球アカデミーヘッドオブコーチに就任することに伴いヘッドコーチを退任。後任に前年度、おこしやす京都ACの監督を務めた瀧原直彬を迎えた。新加入選手は大卒選手が半数を占め、チームの平均年齢は大きく若返った。
- 開幕3連敗を喫し、第4節クリアソン新宿戦でシーズン初勝利を飾る。その後も低迷を続ける中、榎本大輝、小山珠里、和田凌らをJリーグクラブから補強しテコ入れを図る。しかし、その後も深刻な得点力不足や守備の崩壊に喘ぎ、下位に低迷。第15節鈴鹿ポイントゲッターズ戦から第23節クリアソン新宿戦まで9連敗を記録、最下位に転落した。一連の成績不振により、大槻紘士をシーズン途中に解任することが決定した[6]。
- 後任にはコーチの東広樹が昇格し、攻撃面の立て直しに着手。第27節ソニー仙台FC戦での引き分けにより、連敗記録は最終的に12でストップした。以降4試合では1勝3分と持ち直したが、クラブ史上初となるJFL最下位でシーズンを終了した(奈良クラブ、FC大阪のJ3昇格によるクラブ数減に伴い、残留が決定)。
- 2023年
- クラブ名をレイラック滋賀FCへ改称することになり、2月1日に記者会見が開かれた[1]。筆頭株主は、草津市にある美容皮膚科・美容外科の麗ビューティー皮フ科クリニックのグループ会社である「株式会社レイラック滋賀FC」となり[7]、同院で広報役員を務めてきた河原吉貴が株式会社Mi-Oスポーツの新代表取締役社長に就任した[8][9]。
- 5月19日、彦根市とホームタウン締結を結ぶ[10]。この協定では、将来のJ3昇格を目指すクラブを市として支援するほか、サッカーの普及活動や彦根市の観光PR活動を展開するという[11]。
- 2024年度J3クラブライセンスを申請するも、9月26日のJリーグ理事会で、施設基準に関して確認が必要な事項が残っているとの理由で認められず、10月理事会にて継続審議とされる[12]。
- 10月24日のJリーグ理事会にて、2024年のJ3リーグ加入に関し、上述の施設基準に加え、平均観客数についても継続審議となる[13]。11月28日のJリーグ理事会でJ3クラブライセンス交付が認められた[14]。
- 11月24日、平和堂HATOスタジアムに仮設照明塔の設置・照明照度実測検査を実施、Jリーグスタジアム基準で必須とされている規定「ピッチ内のいずれの個所においても照度1500ルクス以上の明るさを保持し、均一であること」を充足することを確認[15]。
- 第29節終了時点で2位となり、勝てば自力でJ3・JFL入れ替え戦進出となる11月26日最終節、アウェー三重戦で前半15分までに2-0とリードしながら後半追いつかれ2-2の引き分け。同節勝利した5位ブリオベッカ浦安に追い抜かれ最終順位3位、入れ替え戦進出を逃す。
- 11月28日、この日開催されたJリーグ理事会にて、2024シーズンのJ3クラブライセンス交付が決定した[16]。
- ^ a b c d 『クラブ名称変更のお知らせ』(プレスリリース)レイラック滋賀FC、2023年2月1日 。2023年2月4日閲覧。
- ^ a b “クラブ概要”. FC Mi-O. 2007年1月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年7月11日閲覧。
- ^ 『公式マスコットキャラクター名決定のお知らせ』(プレスリリース)MIOびわこ滋賀、2017年7月10日 。2023年7月11日閲覧。
- ^ 『リーグ準加盟申請 書類提出のお知らせ』(プレスリリース)MIOびわこ滋賀、2013年6月29日。 オリジナルの2013年8月17日時点におけるアーカイブ 。2023年7月11日閲覧。
- ^ 『「Jリーグ準加盟」審査結果について』(プレスリリース)MIOびわこ滋賀、2013年9月17日。 オリジナルの2013年10月20日時点におけるアーカイブ 。2023年7月11日閲覧。
- ^ 『大槻 紘士 監督 解任のお知らせ』(プレスリリース)MIOびわこ滋賀、2022年9月27日 。2023年7月11日閲覧。
- ^ “レイラック滋賀FCは2026年滋賀県初のJリーグ昇格を果たします!”. 居原田麗オフィシャルブログ「女医R~そんな女の独り言~」 (2023年2月2日). 2023年7月11日閲覧。
- ^ “MIOびわこ滋賀が「レイラック滋賀」に改名!意味は「王と湖」。『3年でJ昇格』を目指すワケ”. Qoly. (2023年2月1日) 2023年2月4日閲覧。
- ^ “MIOから「レイラック滋賀FC」”. びわ湖放送. (2023年2月1日). オリジナルの2023年2月4日時点におけるアーカイブ。 2023年2月4日閲覧。
- ^ 『彦根市とのホームタウン協定締結のお知らせ』(プレスリリース)レイラック滋賀FC、2023年5月19日 。2023年7月11日閲覧。
- ^ “彦根市とサッカーJFLの「レイラック滋賀FC」が連携協定”. NHK大津放送局. (2023年5月22日) 2023年7月11日閲覧。
- ^ 『2024シーズンJ3クラブライセンス判定結果について(J3入会を希望するクラブ)』(プレスリリース)日本プロサッカーリーグ、2023年9月26日 。2023年11月5日閲覧。
- ^ 『Jリーグ入会審査(J3)結果について』(プレスリリース)日本プロサッカーリーグ、2023年10月24日 。2023年11月5日閲覧。
- ^ 『2024シーズンJ3クラブライセンス判定結果について(J3入会を希望するクラブ)』(プレスリリース)日本プロサッカーリーグ、2023年11月28日 。2023年11月28日閲覧。
- ^ 『平和堂HATOスタジアム 仮設照明塔 照明照度実測検査実施に関するお知らせ』(プレスリリース)レイラック滋賀FC、2023年11月25日 。2023年11月27日閲覧。
- ^ "2024シーズンJ3クラブライセンス判定結果について(J3入会を希望するクラブ)" (Press release). 日本プロサッカーリーグ(Jリーグ). 28 November 2023. 2023年11月28日閲覧。
- ^ J参入へ「レイラック滋賀」、スタジアム照明設備改善へCF実施(産経新聞)
- ^ 平和堂HATOスタジアム 仮設照明塔 照明照度実測検査実施に関するお知らせ
- ^ a b c d 無観客試合を除く
- ^ “滋賀の2クラブ、Jリーグ目指し一本化へ MIOとレイジェンド”. 京都新聞. (2015年5月2日). オリジナルの2015年5月2日時点におけるアーカイブ。 2023年7月11日閲覧。
- ^ “MIOびわこ滋賀とレイジェンド滋賀の合併が破談”. soccer now. (2015年9月2日). オリジナルの2015年9月4日時点におけるアーカイブ。 2023年7月11日閲覧。
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