ニュートリノ 光速より速いとされた実験結果とその撤回

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ニュートリノ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/01 06:04 UTC 版)

光速より速いとされた実験結果とその撤回

2011年9月23日CERNで、観測したニュートリノが光速より速かったという実験結果が発表された[11][12]。「国際研究実験OPERA」のチームが、人工ニュートリノ1万6000個を、ジュネーブCERNから約730km離れたグラン・サッソ国立研究所に飛ばしたところ、2.43ミリ秒後に到着し、光速より60.7ナノ秒(1億分の6秒、ナノは10億分の1)速いことが計測された。1万5000回の実験ほとんどで同じ結果が示された[13]。この発表は「質量を持つ物質は光速を超えない」とするアインシュタイン特殊相対性理論に反するため世界的な論争を呼んだ。光より速い物質が存在しないのは、粒子を光速にまで加速するためには無限のエネルギーが必要だということが理由だが、もしこの実験結果が本当だった場合、このニュートリノはエネルギーを必要としない何らかの相転移で超光速になってまた戻ったとする仮説なども考えられた。

OPERAチームは、光速を超える物質が存在しないことを証明する特殊相対論がこれまでの実験と理論でしっかり確立された理論であり、自分たちの実験結果は誤りだと考えていた。そのため結果を発表するのに数か月の内部討論を重ね、実験結果の誤りを探したが、内部討論では誤りを発見できず、科学界での検証を呼びかけた。OPERAは声明の中で「この結果が科学全般に与える潜在的な衝撃の大きさから、拙速な結論や物理的解釈をするべきではない」としていた[14]

11月18日、OPERAは、ニュートリノビームの長さを短くした再実験によってもほぼ同様の結果が見られたと発表した[注釈 4][15][16][17]。ただ時間情報は前回と同様GPSを使ったとしている。

その後、ニュートリノの到着側で地上と地下の時計をつなぐ光ケーブルの接続不良やニュートリノ検出器の精度が不十分だった可能性が見つかったため、2012年5月、実験不備を解消した上で再実験を行った。結果、ニュートリノと光の速さに明確な差は出ず実験結果を修正、6月8日にニュートリノ・宇宙物理国際会議で「超光速」の当初報告の正式撤回を発表した[18][19][20]

実験内容

当初の原論文[12]によると、光速度、ニュートリノ(平均エネルギー17ギガ電子ボルトミューオン・ニュートリノ)の速度をとすると、


は統計誤差、系統誤差。)

である(有意水準)。

これから、

となり、と比べて、7435 m/s だけ速いことになる。

なお、統計誤差と系統誤差を考慮すると、最低でも

光速より、5696 m/s 速く、最高の場合

光速より、9174 m/s 速いことになる。これは環境の影響や考え得る測定誤差[注釈 5]をはるかに超える値であるとされた。

実験直後からの懐疑的意見・否定的意見

当初よりこの実験結果に対する懐疑的意見があった。小柴昌俊が行ったSN 1987Aの観測では光とほぼ同時(発生源からの距離に比して)に届いたニュートリノしか確認されておらず、整合しない。もしニュートリノがOPERAの実験結果と同じくらいの速度であれば、ニュートリノは超新星からの光学観察時刻の8年前に到着していなければならない。2007年フェルミ国立加速器研究所におけるMINOS実験[21]で同様の結果が発表されているが、誤差が大きかったという。発表直後は、ニュートリノではなく未知の性質の発見を表しているかどうか注目されていた。また、日本がスーパーカミオカンデで人工ニュートリノ飛行実験[22]をしていることから、日本の実験結果も注目された。

10月6日CERNのホイヤー所長、高エネルギー加速器研究機構の鈴木厚人機構長、フェルミ国立加速器研究所のオッドーネ所長らはジュネーブで記者会見し、OPERA実験の超光速の結果に対し懐疑的立場を示した。ホイヤー所長は「1つの方法による1つの実験結果にすぎない」とし、CERNとOPERAを切り離す立場をとり、特に実験に使われたGPSによる時計あわせが疑われるとした。そのため今後フェルミ国立加速器研究所で追加実験を行い、数ヶ月後に結果が出る見込みと語った。[23][注釈 6]

11月19日、グラン・サッソ国立研究所の別の実験チーム「ICARUS」が、OPERAの結果を否定する論文を発表した。それによると、実験では光速で移動する粒子と同じエネルギースペクトルを示したという。グラショウ理論によれば、もし超光速ならエネルギーをほとんど失っているはずだという[24][25][26]


注釈

  1. ^ 「neutrino」という語は、「中性の(もの)」という意味のneutroという語幹に、イタリア語の「小さい~」を意味する接尾辞指小辞)の「ino イーノ」を組み合わせた造語である。
  2. ^ この際にパウリはこの粒子を「中性子(ニュートロン)」と呼称していたが、ジェームズ・チャドウィックが自身の発見した中性粒子にこの名を命名した為、フェルミによって新たに「ニュートリノ(イタリア語で中性の微粒子の意)」と名付けられた。
  3. ^ 日本の小柴昌俊らによるカミオカンデ、アメリカのIMB、ロシアのBaksan英語版で観測された
  4. ^ ニュートリノビームが長かったため、最初の実験ではビームのどこで到着時間を計測しているか不明であった。
  5. ^ 時計はGPSを利用し、10ナノ秒であわせた。
  6. ^ このGPSについて、民間用GPSは位置精度が落とされているが、最大誤差は数十m程度であるので、GPSではこの実験の説明がつけられないとされた。ただしGPSの時間精度(原子時計を搭載した衛星を利用しているが)と、2つの実験装置への実装の具体的な方法(遅延が生じる場合がある)が知られていないので、疑惑の中心とされていた。通常精密な時刻あわせにGPSを利用しないためであった。

出典

  1. ^ ニュートリノ - ATOMICA -
  2. ^ J. Csikai (1957). “Photographie evidence for the existence of the neutrino”. Il Nuovo Cimento 5 (4): 1011. doi:10.1007/BF02903226. 
  3. ^ J. Csikai, A. Szalay (1959). “The effect of neutrino recoil in the beta decay of He”. Soviet Physics JETP 8 (5): 749. 
  4. ^ European Physical Society Historic Site - The Neutrino Experiment
  5. ^ The Nobel Prize in Physics 2015”. Nobel Media AB. 2021年10月7日閲覧。
  6. ^ J. Schechter, J.W.F. Valle (1980). “Neutrino Masses in SU(2) x U(1) Theories”. Physical Review D 22 (9): 2227. Bibcode1980PhRvD..22.2227S. doi:10.1103/PhysRevD.22.2227. 
  7. ^ Arnett, W.D.; et al. (1989). “Supernova 1987A”. en:Annual Review of Astronomy and Astrophysics 27: 629–700. Bibcode1989ARA&A..27..629A. doi:10.1146/annurev.aa.27.090189.003213. 
  8. ^ Nakamura, K. (2010年). “Neutrino Properties”. Particle Data Group. 2012年12月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年12月20日閲覧。
  9. ^ B. Kayser (2005年). “Neutrino mass, mixing, and flavor change”. Particle Data Group. 2007年11月25日閲覧。
  10. ^ S.M. Bilenky, C. Giunti; Giunti (2001). “Lepton Numbers in the framework of Neutrino Mixing”. International Journal of Modern Physics A 16 (24): 3931–3949. arXiv:hep-ph/0102320. Bibcode2001IJMPA..16.3931B. doi:10.1142/S0217751X01004967. 
  11. ^ OPERA experiment reports anomaly in flight time of neutrinos from CERN to Gran Sasso”. CERN press release (2012年2月23日). 2012年3月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年2月23日閲覧。
  12. ^ a b OPERA collaboration (22 September 2011). "Measurement of the neutrino velocity with the OPERA detector in the CNGS beam". arXiv:1109.4897v1 [hep-ex]。
  13. ^ 物理:光より速いニュートリノ? 相対性理論覆す発見か - ウェイバックマシン(2011年9月24日アーカイブ分) 毎日新聞 2011年9月23日
  14. ^ ニュートリノは光より速い?NHK:2011年9月23日 18時57分 - ウェイバックマシン(2011年9月24日アーカイブ分)
  15. ^ 光より速いニュートリノ、再実験しても速かった 読売新聞 2011年11月19日00時51分 - ウェイバックマシン(2011年11月19日アーカイブ分)
  16. ^ OPERA collaboration (18 November 2011). "Measurement of the neutrino velocity with the OPERA detector in the CNGS beam". arXiv:1109.4897v2 [hep-ex]。
  17. ^ New Tests Confirm The Results Of OPERA On The Neutrino Velocity, But It Is Not Yet The Final Confirmation”. INFN press release (2011年11月18日). 2011年11月18日閲覧。
  18. ^ ニュートリノ「光より速い」撤回へ - ウェイバックマシン(2012年6月2日アーカイブ分) 読売新聞 2012年6月2日
  19. ^ ニュートリノ、「超光速」撤回 名古屋大などが正式に発表 再実験で判明”. 産経新聞 (2012年6月8日). 2016年3月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年3月29日閲覧。
  20. ^ ニュートリノ「光より速い」撤回 国際チーム「測定ミス」 ケーブル接続部に隙間 - ウェイバックマシン(2012年6月10日アーカイブ分) 産経新聞 2012年6月9日
  21. ^ MINOS collaboration (2007). “Measurement of neutrino velocity with the MINOS detectors and NuMI neutrino beam”. Physical Review D 76 (7): 072005. arXiv:0706.0437. Bibcode2007PhRvD..76g2005A. doi:10.1103/PhysRevD.76.072005. 
  22. ^ つくば・神岡間長基線ニュートリノ振動実験 (K2K)
  23. ^ ニュートリノの光速超え「疑い抱く」実験舞台の責任者 日本経済新聞 2011年10月7日
  24. ^ 「光速超えるニュートリノ」に異論、伊チームが論文発表 ロイター 11月21日
  25. ^ Study rejects "faster than light" particle finding:Reuters:By Robert Evans GENEVA | Sun Nov 20, 2011 6:35pm EST
  26. ^ A search for the analogue to Cherenkov radiation by high energy neutrinos at superluminal speeds in ICARUS :last revised Thu, 8 Mar 2012 15:42:38 UTC (this version, v3)


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