スロースリップ スロースリップの概要

スロースリップ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/08/22 17:41 UTC 版)

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「普通の地震よりもはるかに遅い速度」というのは、地震を起こす地殻変動の速度のことである。地震としては、地震動の継続時間が非常に長く、地震動の周期が比較的長め(約0.5秒 - 数十秒、低周波領域)であるという特徴を持つ。

概要

海溝付近のプレート境界の断面図。いくつかのパターンを示した。
1.大陸プレート
2.付加体
3.海洋プレート
4.安定すべり域
5.固着域
6.遷移領域
スロースリップのほとんどは黄色で示した6.遷移領域で起こる。

海洋プレートが大陸プレートの下に沈みこむ構造(沈み込み帯)では、海溝ができ、プレート同士の境界面の一部が強い圧力によって密着して固定され(固着)、固着域(アスペリティ)ができるのが一般的である。固着域は、数十年から数百年の間圧力を溜め込んで動かず、地震の時に一気にずれ動く部分である。

通常、この固着域は帯状に分布するものもあれば、まだらに分布したりするものもあり、大きさも分布も場所によってさまざまである。大まかに見れば、海溝に対してほぼ平行に分布する。ちなみに、この固着域の分布はプレート同士の境界面の温度に関係があるとされているが、温度だけでは説明できず、そのほかにも多数の要因があると考えられている。固着域の周り(すぐ内側と外側)には、スロースリップを起こしながら沈み込む部分(スロースリップ域、遷移領域)が細長く分布し、そのさらに内側には地震を起こさずに安定して沈み込む部分(安定すべり域)が広く分布している。

力学的には、固着域は動的な不安定破壊を起こす特性、遷移領域は静的に不安定破壊を起こす特性、安定すべり域は安定したすべりを起こす特性を持っている。つまり、固着域は大きな振動を伴った地震、遷移領域は振動をほとんど伴わない地震や「すべり」、安定すべり域は振動を全く伴わない滑らかな「すべり」を起こす。

基本的には、沈みこむ海洋プレートは移動方向と同じ向きに、乗り上げている大陸プレートはその向きとは逆方向に、スロースリップを起こす。また、プレート同士の境界面が、アスペリティとバリアの2種類で構成されているという考え方もある。この考え方では、バリアは地震を起こさずに安定して沈み込み、安定すべり域と同じ働きをしているが、などが浸入することによってスロースリップを起こすようになるとしている。

日向灘から四国沖の豊後水道域で発生したスロー地震を分析した防災科学技術研究所によれば、深さによって3種類の性質の異なる地震が発生している。また、これら3つの現象は周期的に連動して発生している[5]

  1. 深さ30 - 40 km - 深部低周波微動。P波S波の区別が不明瞭な周期0.5秒程度の振動現象で、数日程度継続する。
  2. 深さ30 km付近 - スロースリップイベント。地震動を生じない程度のゆっくりした断層のずれ運動。数年間継続することもある。
  3. 深さ5 km付近 - 超低周波地震。1秒より短い周期の成分を含まない10秒程度の周期の地震。

サイレント地震とスロー地震

厳密には、地震によるすべりを伴わないスロースリップをサイレント地震(silent earthquake)、地震によるすべりを伴うスロースリップをスロー地震(slow earthquake)というが、使い分けは研究者の間でも正確ではない。スロー地震は地震計による観測が可能であるが、サイレント地震は観測不可能であり、GPSなどで継続的に変位の観測を行わなければ発見できない。

また、明治三陸地震のように、震度が比較的小さいながらも巨大な津波が発生する地震があり、これは「津波地震」と呼ばれている。津波地震が発生する原因には、地震時のすべりが遅いことが関係していると考えられており、津波地震はスロー地震に含められることがある。スロー地震はゆっくりとした揺れで大きな津波を伴うことから、サイレント地震はゆっくりとした揺れで津波さえ伴わないことから名づけられたとされているが、現在は地震以外の「滑り」にまで語義が拡大されている。

サイレント地震は、継続期間が数日間の短期的スロースリップと、継続期間が数か月から数年と長い長期的スロースリップに分けることがある。

アフタースリップ

また、大地震の発生後に震源域の周囲で発生する速度の遅いすべりを余効滑り(アフタースリップ、after slip、または余効変動)といい、これもスロースリップに含めることがある。

スロースリップ構造の例

地域により特徴が異なり、南海トラフ沿いの西南日本のスリップでは微動を伴うが、房総半島沖のスリップでは通常の地震が発生する[6]

日本海溝

三陸沖

三陸沖では、3度の三陸はるか沖地震において、余効滑り(アフタースリップ)が観測された。1989年の地震(Mw7.2)では約10日間、1992年の地震(Mw6.9)では約1日間、1994年の地震(Mw7.7)では約1年間をかけて、それぞれ地震本体の規模より大きな規模のスロースリップが発生した。2011年3月9日に発生した東北地方太平洋沖地震の最大前震(M7.3)およびその余震活動(M4 - 6)においてもスロースリップが観測されている[7]

三陸沖では、固着域とスロースリップ域が帯状ではなくまばらに分布している部分もあることが分かっている。深さでは、20 - 50 km付近に分布している。

相模トラフ

房総半島沖

房総半島東部から千葉県東方沖にかけての領域では、地表にある北アメリカプレートの下で、フィリピン海プレートが太平洋プレートとの間に沈みこんでいる。北アメリカプレートとフィリピン海プレートの境界面では、1983年・1990年・1996年・2002年・2007年・2011年・2014年・2018年の計8回、スロースリップが発生した(観測によるものと、事後解析によるものがある)[8]

2011年3月までの過去30年間に5回の活動が観測され、活動間隔は4年10か月 - 7年7か月間隔(平均6年間隔)で発生している。スロースリップ発生時にはそれに伴う群発地震が発生しており、スロースリップが誘発したものだと考えている。活動中にはマグニチュード4 - 5の地震が起こる可能性があり、2007年8月の同現象発生時には最大マグニチュード5.3(16日)[9]、最大震度5弱(18日)[10]となった群発地震が発生している[11][12][13][14]

2011年10月には6回目の観測となるスロースリップ現象が、過去最短の4年2か月の間隔で観測された。この現象について防災科学技術研究所は、同年3月に異なるプレート境界で発生した東北地方太平洋沖地震の影響で発生間隔が短縮した可能性があるとしている。滑り量は10月26日から30日の5日間で南東方向に約6 cmで、放出されたエネルギーは Mw 6.5 程度と推定された(Mwはモーメント・マグニチュード[15]

2014年1月2日 - 1月10日の活動[16]では、プレート境界面上の滑りは南東に最大で約6 cmと推定されており、それまでの最短だった前回2011年の活動間隔(4年2か月)よりも更に短く、2年3か月で発生した[17]。後日に行われた詳細解析では、ゆっくりとした滑りは12月上旬から始まっていて、12月下旬にかけて徐々に加速した滑りは12月31日から急加速し2014年1月3日に最大になったが1月10日には急減速した。2月1日までに放出されたエネルギーは Mw 6.5 程度と推定されている[18]

南関東

1970年に東京湾でM6.5相当、1989年に千葉県中部でM5.9相当のスロースリップが発生した。

南海トラフ

東海地方

東海沖では、南海トラフ(海溝の1種)でユーラシアプレートの下にフィリピン海プレートが沈み込んでいる。浜名湖付近では、2000年から2004年まで、年間1 cm程度の速度で長期的SSEが発生していることが、GPSの観測により判明した。当初は、東海地震に関連のある異常、特に東海地震発生の引き金なのではないかとの見方があり、多くの研究がなされた。

結果、東海地方のプレート同士の境界面は通常とは異なることが判明した。東海地方の南東には、伊豆諸島と平行して銭洲海嶺という細長い海底山脈がある。この銭洲海嶺は古くから何度も活動しており、東海地方の地下には沈み込んだ古い銭洲海嶺が何列も存在している。プレート同士が強い圧力によって滑っている境界面では、銭洲海嶺のような隆起した地形があると、海水などの水が堆積物と一緒に地下に沈み込み、そのままプレート同士の境界面を作ってしまう。地下では深く沈み込むに従って圧力が高まるため、堆積物に含まれる水は鉱物内から外に染み出し、鉱物同士の隙間に入り込んで高圧の水となる。これを「高間隙水圧帯」という。水は粘度が低いため、高間隙水圧帯は潤滑油の働きをして、鉱物同士が押し合うプレート境界よりもすべりやすくなる。

東海地方の地下では、銭洲海嶺の影響で高間隙水圧帯ができ、そのため、スロースリップを起こす部分の幅が通常よりも広くなり、スロースリップの規模が大きくなっていることが分かった。

東南海地域

2006年1月に、紀伊半島から愛知県にかけての地域で、深部低周波微動を伴った短期的スロースリップが発生した。M6.2相当と推定され、活動範囲が次第に西から東へと移動していく現象も観測された。

日向灘

1996年には、日向灘で10月19日と12月3日にそれぞれM6.6の地震が発生したが、その余効滑り(アフタースリップ)が同年に観測されている。また、1997年には豊後水道付近でスロースリップが発生した。

日向灘では、スロースリップ域は深さ15 - 40 km付近に分布している。

その他

その他琉球海溝台湾花東縦谷断層英語版ニュージーランドヒクランギトラフ英語版アリューシャン海溝カスケード沈み込み帯英語版サンアンドレアス断層中米海溝ペルー・チリ海溝ハワイデコルマン英語版でスロースリップの発生が確認されている。




  1. ^ “地震予測の最新研究 スロースリップとは”. NHKニュース (日本放送協会). (2013年5月28日). オリジナルの2013年5月29日時点におけるアーカイブ。. http://megalodon.jp/2013-0529-0844-13/www3.nhk.or.jp/news/html/20130528/t10014909331000.html 2013年5月29日閲覧。 
  2. ^ 海底「ゆっくりすべり」観測成功 南海トラフ解明に一助”. 朝日新聞デジタル. 2020年1月16日閲覧。
  3. ^ 防災用語集>ぬるぬる地震とは ハザードラボ
  4. ^ 防災科研ニュース No.169(2009年秋号)特集:地震研究最前線 防災科学技術研究所 (PDF)
  5. ^ 3つの異なる「スロー地震」の連動現象の発見 (PDF) 最新成果事例集2014 防災科学技術研究所
  6. ^ 房総半島沖スロースリップイベントと深部底付け作用 (京都大学防災研究所) 地震予知連絡会会報 第85巻(2011年2月)
  7. ^ 東北地方太平洋沖地震発生前に見られたゆっくりすべりの伝播 東大地震研究所:加藤愛太郎、小原一成、五十嵐俊博、鶴岡弘、中川茂樹、平田直
  8. ^ 房総半島沖で「スロー地震」再来 (PDF) 防災科学技術研究所
  9. ^ 2007年8月16日 震度分布図
  10. ^ 2007年8月18日 震度分布図
  11. ^ 房総沖でスロースリップ観測…地震発生早める? - 読売新聞、2011年10月31日
  12. ^ 房総沖で「スロー地震」=大震災で間隔短縮か-4年前は群発も・防災科研と地理院 - 時事通信、2011年10月31日
  13. ^ 房総半島沖で「スロー地震」再来 - 防災科学技術研究所、2011年10月31日
  14. ^ 地震の前兆?千葉東方沖スロースリップにネット住民警戒 - R25、2011年11月7日
  15. ^ 房総半島沖スロースリップイベント(2011年10月-11月) (PDF) 地震予知連会報 第87巻
  16. ^ 2013年12月の地震活動の評価 地震調査委員会
  17. ^ 房総半島沖で「スロー地震」を検出 防災科学技術研究所 (PDF)
  18. ^ 2013-2014年房総スロースリップイベントと地震活動(東京大・名古屋大・東北大) (PDF) 地震予知連絡会 会報 第92巻
  19. ^ 短期的SSEの自動検出 (PDF) 防災科学技術研究所
  20. ^ “地震 県内で相次ぐ M4.0以上 スロースリップ要因か /千葉”. 毎日新聞. (2018年6月22日). https://mainichi.jp/articles/20180622/ddl/k12/040/057000c 2018年6月28日閲覧。 
  21. ^ “千葉沖プレートでスロースリップを観測。地震調査委員会から指摘「比較的大きな地震に注意」”. HUFFPOST. (2018年6月12日). https://www.huffingtonpost.jp/2018/06/11/slow-slip_a_23456577/ 2018年6月17日閲覧。 
  22. ^ “「地震予知と注意呼びかけは違う」千葉県東方沖のスロースリップ現象”. THE PAGE. (2018年6月20日). https://thepage.jp/detail/20180620-00000006-wordleaf 2018年6月28日閲覧。 


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