カイオ・ドゥイリオ (戦艦) カイオ・ドゥイリオ (戦艦)の概要

カイオ・ドゥイリオ (戦艦)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/26 16:09 UTC 版)

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カイオ・ドゥイリオ
1919年に撮られたカイオ・ドゥイリオ
基本情報
建造所 カステッランマーレ・ディ・スタービア
運用者  イタリア海軍
級名 カイオ・デュイリオ級戦艦[1]
艦歴
起工 1912年2月24日
進水 1913年4月24日
竣工 1915年5月10日
就役 1916年6月13日
最期 1957年に解体
要目
排水量 建造時:
通常 22,956 トン
満載時 24,729 トン
近代化時:
通常 26,434 トン
満載時 29,391 トン
長さ 168.96 m
28.03 m
吃水 8.58 m
推進 建造時:
蒸気タービン
ボイラー20台
4軸推進
30,000 shp
近代化改修後:
蒸気タービン
ヤーロー式ボイラー8台
2軸推進
75,000 shp
速力 建造時: 21ノット (39 km/h)
近代化改修後: 27ノット (50 km/h)
乗員 建造時: 1,233人
近代化改修後: 1,485人
兵装 建造時:
305mm三連装砲 3基
305mm連装砲 2基)
152mm単装砲 16基
76mm単装砲 × 13基
76mm対空砲 × 6基
450mm魚雷発射管 3基
近代化改修後:
320mm三連装砲 2基
320mm連装砲 2基
135mm砲三連装砲 4基
90mm対空砲 10基
37mm対空砲 15基
20mm対空砲 16基
装甲 側面: 254 mm
砲塔: 280 mm
甲板: 98 mm
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概要

建造

イタリア王国が最初に建造した弩級戦艦は1913年(大正2年)1月中旬に竣工したダンテ・アリギエーリ (Dante Alighieri) である[11]46口径30.5センチ砲12門(三連装砲塔4基)を備えたが、防御力と主砲の配置に問題があり、コンテ・ディ・カブール級戦艦3隻(カヴールチェザーレレオナルド・ダ・ヴィンチ)の建造に至った[12][13]。だが副砲の50口径12センチ砲単装速射砲18門では威力不足との指摘があり、改良型の本級2隻(カイオ・ドゥイリオアンドレア・ドリア)が建造されるに至った[14]

本級の建造時、主砲として46口径30.5センチ砲13門を装備し、艦体の中心線に沿って主砲塔が配置されている[10]。艦首から順番に三連装主砲塔と連装主砲塔が並び、艦中央部(煙突と煙突の間)に三連装砲塔1基、艦後部に連装砲塔と三連装砲塔を備える[4]。副砲は45口径15.2センチ砲16門となった[15]。 カイオ・デュリオは1911年度計画艦で、カステラマーレ海軍工廠で建造、1915年(大正4年)5月10日に竣工した[16]。5月23日、イタリア王国は連合国として世界大戦に参戦した(イタリア戦線)。

戦間期

1930年代になるとドイッチュラント級装甲艦(通称ポケット戦艦[17]を端緒として、ヨーロッパで建艦競争が再燃する[18]。フランス海軍はダンケルク級戦艦の建造を開始[19][20]、イギリス海軍はクイーン・エリザベス級戦艦の大改装を実施[21][22]再軍備宣言後のドイツ海軍シャルンホルスト級戦艦の計画と建造を進めた[23]。 ところがイタリア王立海軍の新世代戦艦(リットリオ級)の建造が遅れていた[24]。イタリア海軍はワシントン海軍軍縮条約保有を許された主力艦4隻(チェーザレカヴール、アンドレア・ドリア、カイオ・ドゥイリオ)に大改装を実施して、欧米列強との戦力差を埋めようとした[注釈 4][注釈 5]

30.5センチ主砲を32センチ砲に拡大、艦体中央の主砲塔を撤去して機関を入れ替えるなど、コンテ・ディ・カブール級戦艦2隻の大規模改造が実施され[26]、続いて本級2隻(ドリア、ドゥイリオ)の改造がはじまる[注釈 6]。カヴール級に施された大改造の実績や経験を生かして改造工事が実施された。船体構造は改装カヴール級に準じるが、上部構造物と兵装配置は、同時期に建造中だった新世代戦艦(リットリオ級)と共通点が多い[28]。また副砲もフランス海軍大型駆逐艦を意識して、改装カヴール級の120mm連装砲塔6基から、135mm三連装砲塔4基となっている[29]

第二次世界大戦

カブール級2隻(カブール、チェーザレ)は1940年(昭和15年)6月10日のイタリア王国第二次世界大戦参戦に間に合ったが[30]、本艦の改造完了と再復帰は開戦後となった[31]地中海攻防戦)。9月と10月にイギリス輸送船団撃滅のために出撃したが、不成功だった(ハッツ作戦MB5作戦[32]。 同年11月のタラント空襲で、英空母イラストリアス (HMS Illustrious, R87) より飛来したソードフィッシュが投下した魚雷1本が命中、着底する[33][注釈 7]。浮揚後、曳航されてジェノヴァに移動し、同地で約6ヶ月間におよぶ修理を行った。修理中の1941年(昭和16年)2月、イギリス海軍H部隊によるジェノヴァ砲撃が行われたが損傷は免れた[35]。同年5月に再就役する[36]。11月下旬、イタリア輸送船団の護衛に従事した[37]。12月、第1次シルテ湾海戦に参加[35]

この頃になるとイタリアの燃料事情が悪化し、艦齢の古いイタリア戦艦3隻(チェーザレ、ドリア、デュリオ)は1942年(昭和17年)3月までに予備役となった[35]。連合軍機の空襲を避けて各地を転々としたのち、1943年(昭和18年)9月8日のイタリア降伏を迎える[38]。連合国へ引き渡され、英領マルタに移動した[37]。休戦後、練習艦として使用される[38]平和条約締結後も、イタリアは本級2隻の保有を許された[39][注釈 8]。1956年(昭和31年)9月15日に除籍され、1957年(昭和32年)にラ・スペツィアでスクラップとなった。


注釈

  1. ^ カイオ・デュリオと表記する場合もある[3]
  2. ^ 【伊太利】[4] 戰艦アンドレア・ドリア(一九一四年五月竣工)正規排水量二二九三〇噸、時速二三節。同年竣工のデュリオと同級たり。他の戰艦カヴール及びギュリオ・セザーレと同様式を以て排水量二二五〇〇噸となすべき筈の處豫定の噸數を超過するに至つた。
  3. ^ 先代はカイオ・ドゥイリオ級戦艦(初代)カイオ・ドゥイリオ英語版イタリア語版[6]
  4. ^ a b 戰艦 “ドリア Doria[10] 全要目{排水量21,555噸 速力22節 備砲30糎砲13門、15糎砲16門 魚雷發射管(45糎水中)2門 起工1912年3月 竣工1915年5月 建造所 スペチア造船所} 同型艦“デュイリオ Duilio”21,555噸 建造中のもの2隻“ヴイトリオ・ヴエネト Vittorio Venedo” “リツトリオ Littorio”(2隻共35,000噸) 二三年前までは“アンドレア・ドリア”と言つてゐたが、最近は短く“ドリア”と呼んでゐる。主砲は30糎3聯装三基 2聯装二基で其配置は艦型圖に見られる通りである。外に14ポンド砲13門、14ポンド高角砲6門をもつてゐる。戰艦としては舊型のものと言へようが最近其兵装に根本的改造を加へた。伊國戰艦勢力としては他に“カヴール Cavour”及び“ケーザル Cesare”21,818噸があるが、これも目下舊型の面影ない程にスペチア海軍工廠で改装中であつて、これは前檣樓カタパルトなど列國海軍の戰艦型式に從つてゐるらしい。現有勢力は以上の4隻86,532噸である。
  5. ^ 戰艦 “チエーザレ Cesre[25] 全要目{排水量25,000噸 速力27節 備砲32糎砲10門、10糎砲24門(兩用砲ならん)建造1911年度目下改装中} 伊太利戰艦を論ずるにあたつては、まづこのところ四年越しで建造中の35,000噸戰艦“ヴイトリオ・ヴヱネト Vittorio Venedo” “リトリオ Littorio”の二艦を忘却してはなるまい。このやうな大艦の建造に伊國海軍がまだ慣れてゐないのも、建造が遅れてゐる一つの理由かも知れないが、佛國の同級の戰艦に對抗し、益々その愼重さを加へてゐると考へるのが至當ではなからうか。現在持つてゐる戰艦中には殆ど見るべきものがないが、その中にあつて獨りチヱーザレのみは大々的改装をほどこされ、寫眞に見るやうな姿となつてやがて再現せんとしてゐる。その艦型は“ネルソン”“ダンケルク”を聯想させるものがある。主砲は口徑を増して32糎砲となり、高角砲も10糎四聯装である。從つて排水量も増加し21,818噸から2,500噸増したが、舊に倍する機關によつて速力22節を出すともいはれてゐる。完成後の大體の要目は全長169.8米、幅28.04米、平均吃水8.54米。速力も恐らく27節位出る機關を据えるのではないかといふ噂である。伊國戰艦計6隻(内未成2隻)。
  6. ^ 伊太利[27] 一九三四-四〇年度海軍豫算中七億リラの其の後の増加があり、總計二十七億三百萬リラとなる。之はリットリオ級の新三五,〇〇〇噸級戰艦四隻を含み、一九四一年迄に伊太利艦隊をば言明したる通り總計七〇〇,〇〇〇噸の勢力に引上げんとする企圖に從ふものである。
     戰艦 三五,〇〇〇噸級のリットリオ及ヴィツトリオは完成し、前者の寫眞は爰に掲載(畧)せる通りである。兩艦の特性中主砲八糎砲九門、契約速力三〇節が含まれるが、一九三九年十月の公試に依れば此の速力を超過したと言はれ二る。兩艦は一九三四年十月起工以來、建造に要せし期間は五箇年少しく餘であつた。然し此の級の第三艦及び第四艦の行程は比較的急速なる進捗を示し、イムペロは去る十一月十五日ゼノアのセストリ・ボネンテに於けるアンサルド造船所により造船臺にあること僅か十八箇月の後進水した。/ 本年は舊型戰艦アンドレア・ドリア及カイオ・デュイリオの改装が完了する筈であり、之はコンテ・デイ・カヴール及ギウリオ・セザールの改装と同様の方針で進捗しつゝあるものである。(以下略)
  7. ^ 他に戦艦2隻(リットリオ、カブール)が着底した[34]
  8. ^ 戦艦ジュリオ・チェザーレ (Giulio Cesare) はソビエト連邦賠償艦として譲渡された[40]

脚注

  1. ^ ジョーダン、戦艦 1988, pp. 82–85イタリア/カイオ・デュイリオ級
  2. ^ 福井、世界戦艦物語 2009, p. 151第9表 イタリア戦艦および高速戦艦・装甲巡洋艦
  3. ^ 丸、写真集世界の戦艦 1977, p. 9イタリア戦艦カイオ・デュリオ
  4. ^ a b 世界海軍大写真帖 1935, p. 52(戰艦ドリア及びデュイリオの圖解)
  5. ^ 世界の戦艦、大艦巨砲編 1998, p. 136戦艦コンテ・ディ・カブール/戦艦アンドレア・ドリア
  6. ^ 福井、世界戦艦物語 2009, pp. 145–146比類なき卓抜な着想
  7. ^ 丸、写真集世界の戦艦 1977, pp. 171a-177☆イタリア☆戦争介入時には戦艦六隻を保有
  8. ^ 福井、世界戦艦物語 2009, pp. 150–153世界の戦艦IV ― イタリア海軍/異彩をはなつド級戦艦
  9. ^ 世界の戦艦、大艦巨砲編 1998, p. 138aANDREA DORIA 戦艦「アンドレア・ドリア」
  10. ^ a b ポケット海軍年鑑 1935, p. 168(原本318-319頁)戰艦ドリア
  11. ^ 丸、写真集世界の戦艦 1977, pp. 111–113ド級戦艦ダンテ・アリギエーリ
  12. ^ 福井、世界戦艦物語 2009, pp. 80–81イタリアが生んだ異色の戦艦
  13. ^ 世界の戦艦、弩級戦艦編 1999, pp. 158–159三連装砲塔をいち早く採用したイタリア海軍
  14. ^ ジョーダン、戦艦 1988, p. 84.
  15. ^ 世界の戦艦、弩級戦艦編 1999, p. 159.
  16. ^ 丸、写真集世界の戦艦 1977, p. 84カイオ・デュリオ
  17. ^ 福井、世界戦艦物語 2009, pp. 215–216条約下にあえいだドイツ戦艦
  18. ^ ジョーダン、戦艦 1988, pp. 8–10戦艦の新造
  19. ^ ジョーダン、戦艦 1988, pp. 22–23フランス/ダンケルク級
  20. ^ 世界の戦艦、大艦巨砲編 1998, p. 143DUNKERQUE 戦艦「ダンケルク」
  21. ^ ジョーダン、戦艦 1988, pp. 50–55イギリス/クイーン・エリザベス級
  22. ^ 世界の戦艦、大艦巨砲編 1998, pp. 95–96改装で重量が超過した英戦艦「クイーン・エリザベス」
  23. ^ ジョーダン、戦艦 1988, pp. 36–41ドイツ/シャルンホルスト級
  24. ^ ジョーダン、戦艦 1988, pp. 86–89イタリア/リットリオ級
  25. ^ ポケット海軍年鑑 1937, p. 143(原本268-269頁)戰艦チヱーザレ
  26. ^ 世界の戦艦、大艦巨砲編 1998, p. 138bCONTE DI CAVOUR 戦艦「コンテ・ディ・カブール」/徹底した改装工事で生まれ変わった弩級戦艦
  27. ^ ブラッセー海軍年鑑 1940, p. 27原本38頁
  28. ^ ジョーダン、戦艦 1988, p. 83.
  29. ^ ジョーダン、戦艦 1988, p. 85.
  30. ^ ジョーダン、戦艦 1988, pp. 78–81イタリア/コンテ・ディ・カヴール級
  31. ^ 丸、写真集世界の戦艦 1977, p. 171b.
  32. ^ 丸、写真集世界の戦艦 1977, p. 172.
  33. ^ 丸、写真集世界の戦艦 1977, p. 181a☆イタリア☆ カイオ・デュリオ
  34. ^ 丸、写真集世界の戦艦 1977, p. 87伊海軍の本拠タラント空襲
  35. ^ a b c 丸、写真集世界の戦艦 1977, p. 173.
  36. ^ 丸、写真集世界の戦艦 1977, p. 94.
  37. ^ a b 丸、写真集世界の戦艦 1977, p. 181b.
  38. ^ a b 丸、写真集世界の戦艦 1977, p. 174.
  39. ^ 丸、写真集世界の戦艦 1977, p. 95.
  40. ^ 世界の戦艦、大艦巨砲編 1998, p. 149ソビエト連邦/戦利艦として手に入れた「ノヴォロシースク」


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