みえない雲 みえない雲の概要

みえない雲

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/12/24 07:14 UTC 版)

西ドイツ(当時)のバイエルン州原子力発電所で起こった架空の放射性物質漏洩事故と、その後の被曝者の体験が語られる。

日本語訳は1987年に『見えない雲』の題で出版され、2006年に『みえない雲』に改題して再出版された。(後述)

背景

本が書かれた背景には、1986年チェルノブイリ原子力発電所での大規模な放射性物質漏洩事故がある。著者は、ドイツでスーパーガウ(放射性物質の漏洩による大惨事。Super-GAU)が起こったらどうなるのだろうかと考えを巡らせる程、このテーマに深く取り組んだ。

あらすじ

グラーフェンハインフェルト原子力発電所

舞台は西ドイツ。主人公はギムナジウムに通う14歳の少女、ヤンナ-ベルタ。午前中の授業のさなか、ABC警報(ドイツで定められている、A=核兵器、B=細菌兵器、C=化学兵器の攻撃を知らせる警報)のサイレンが鳴り響く。グラーフェンハインフェルト原子力発電所英語版[注釈 1][注釈 2]でスーパーガウ(放射性物質の漏洩事故)が起きたとわかり、学校は生徒を下校させる。ヤンナ-ベルタは上級生の車で送られ、弟ウリが帰宅しているシュリッツの自宅へ戻る。父母と小さな弟は、原発に近い町シュヴァインフルトに住む母方の祖母宅に出かけていた。風は原発のある南東から吹いていた。警察の車が拡声器で住民に「地下室に入れ」と指示するが、母から電話が入り、列車で父方の伯母ヘルガのいるハンブルクへ行けと言う。近所の人々も脱出し始めており、2人は自転車で駅へ向かう。しかし、避難を急ぐ自動車にウリがはねられ、菜の花畑の中へ飛ばされてしまう。死んだウリを運ぼうとするが、通りかかった家族連れに止められ、彼らの車に乗せられてバート・ヘルスフェルト英語版の駅へ辿り着いたものの、群衆が押しかけて大混乱になっている。封鎖された路線を迂回して到着したのは貨物列車だった。同行していた小さな子供は我先に列車に乗ろうとする人々の波に飲まれ、母親に責められたヤンナ-ベルタは駅を飛び出した。 やがて放射性降下物を含んだ雨が降り始める。濡れながらもウリの元へ戻ろうとするヤンナ-ベルタは、ヒッピー風の家族連れの車に拾われて東ドイツとの国境付近まで移動し、菩提樹の並木の道を歩くうちに吐き気に襲われて気を失う。

気が付けばヤンナ-ベルタは、ヘッセン州の北部、国境地帯の村ヘルレスハウゼンにある校舎を使った臨時の病院にいた。数十人の子供が収容されており、トルコ人の少女アイゼらと親しくなった。内務大臣が視察に来たことでヤンナ-ベルタは怒りを周囲にぶつける。死者が18,000人を超えたこと、非常事態宣言が出たこと、封鎖地域、外国への影響などの情報が入ってくる。しばらくしてヤンナ-ベルタの頭髪は被曝症状のため脱毛し始めた。アイゼをはじめ子供たちの何人かが死んでいった。

伯母ヘルガがヤンナ-ベルタの収容先を知って会いに来たが、父母と弟、祖母が死んだことを教えた。ヤンナ-ベルタはショックを受け、子供たちを介護するヘルパーのテュネスらに、事実を隠していたと詰ってしまう。事故が起きた時、父方の祖父母はバカンスのためマジョルカ島にいたため生きていたが、ヘルガは、家族が隔離地域の中で死んだことを彼らに知らせることを拒否した。ヤンナ-ベルタは退院すると、ヘルガに引き取られてハンブルクへ行った。途中で立ち寄ったレストランのメニューは高値で、それは輸入食料を使っているためだった。お金のない人は「それより安い食料」を買うしかないと知った。汚染されていない粉ミルクが配給されると皆が飛びつく。映画館や倉庫が避難民収容所になっていた。ヤンナ-ベルタは地元の学校に入れられても頭髪のない頭を隠さなかったが、まちなかには帽子を被った人も多かった。同級生だったエルマーが偶然同じ学校におり、自然と2人は一緒に過ごすことが多くなった。同様に頭髪を失ったエルマーは、他にも多くの物を失くしていた。

母方の叔母アルムートがヤンナ-ベルタを訪ねてきた。彼女は教師であるが、生徒の避難を優先したため被曝し、赤ん坊を中絶していた。エルマーの自殺をきっかけに、ヤンナ-ベルタはハンブルクを去り、アルムート、夫ラインハルト、彼の父のいるヴィースバーデンへ移り住んだ。ヘルガが来て、ヤンナ-ベルタに禿げた頭部を隠すためのカツラなどを置いていった。アルムートは被曝者(de:Hibakusha)の救援センターの設立のために奔走し、ヤンナ-ベルタも手伝った。

シュリッツの封鎖が解除された。ヤンナ-ベルタは弟の遺体があるはずの菜の花畑に出向き、見つけたその体を埋葬した。その後、家に着いたヤンナ-ベルタは、思いがけない光景を目にする。

漫画

小説は2008年にドイツにおいてアニケ・ハーゲによって漫画化された。漫画版『Die Volke』はほぼ小説に沿った内容であり、主人公ヤンナも小説版と同じ14-15歳の子供であるものの、エピソードや登場人物の一部が省略された。小説では父方の祖父母がラストシーンに登場し、帰宅した主人公が原発の安全性を訴える祖父と相対する場面で終了するが、漫画版にはこの祖父母が登場しないため、主人公が弟の遺体を菜の花畑に埋葬し、畑を見つめる場面で終わる。

原子力発電所の名称は「Markt Ebersdorf[3]」(日本語表記では「マルクト・エバースドルフ[4]」)に変えられたが、設置されている場所はグラーフェンハインフェルト原発と同じとされている[4]

この漫画版は日本では『コミック みえない雲』の題で2011年に出版された。


注釈

  1. ^ 原子力発電所と学校やシュリッツとの距離は明示されていないが、登場人物の台詞として、原発と学校とは70-80km[1]、シュリッツの主人公宅とは90-100km[2]の距離を隔てているとされる。
  2. ^ 日本でのカタカナ表記としては「グラーフェンラインフェルト」が一般的である。
  3. ^ 映画『みえない雲』パンフレットでのグードルン・パウゼヴァングへのインタビュー記事内においてパウゼヴァングが明かしたところによると、作品の主張と政府の方針が異なることから実際に授賞する家庭省内で反対意見が起こり、ドイツの原子力業界も受賞を止めようとしたものの、家庭省大臣自身が審査委員会の審査結果に沿って授賞の判断を下したという。

出典

  1. ^ 『みえない雲』(小学館文庫)20頁。
  2. ^ 『みえない雲』(小学館文庫)261頁。
  3. ^ Amazon.de 『Die Wolke: Comic』で確認した綴り。(2012年1月13日閲覧)
  4. ^ a b 『コミック みえない雲』(小学館文庫)13頁。
  5. ^ “愛に生きる女たち ドイツ映画祭2006 16日~20日・有楽町朝日ホール”. 朝日新聞東京夕刊 (朝日新聞社): p. 17. (2006年7月1日) 
  6. ^ “ヘルツォークの新作など、長短編多彩に 16日から、ドイツ映画祭2006”. 朝日新聞東京夕刊 (朝日新聞社): p. 12. (2006年7月12日) 
  7. ^ 2006年12月の公開作品 - 映画の情報を毎日更新 シネマトゥデイ”. 株式会社ウエルバ. 2011年7月18日閲覧。
  8. ^ 映画『みえない雲』パンフレット裏表紙。
  9. ^ “シネマの週末・トピックス:みえない雲”. 毎日新聞東京夕刊 (毎日新聞社): p. 11. (2007年1月12日) 
  10. ^ “文庫・新書”. 朝日新聞東京朝刊 (朝日新聞社): p. 14. (2006年11月19日) 
  11. ^ https://web.archive.org/web/20070710111031/http://www.die-wolke.com/downloads/interview_schnitzler.pdf
  12. ^ DGLIVE.BE - 34k -(2007年9月28日時点のアーカイブ
  13. ^ 映画『みえない雲』パンフレット、和久本みさこ「彼女は片肺で生まれた。だから愛の力を知っている-」
  14. ^ 川崎陽子(ベルギー) (2011年5月11日). “独で150万部売上、教材にもなった原発小説”. オルタナ. 2011年5月15日閲覧。
  15. ^ Deutsches Atomforum e. V.: Energiedebatte in Deutschland auf Basis von Fakten führen, 16. März 2006 (2007年2月18日時点のアーカイブ
  16. ^ “「舞妓はレディ」上白石萌音、周防正行監督の教えを胸に舞台初主演!”. 映画.com. (2014年10月22日). http://eiga.com/news/20141022/2/ 


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