マイク・イーノスとは? わかりやすく解説

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マイク・イーノス

(mike enos から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/09/24 04:27 UTC 版)

マイク・イーノス
プロフィール
リングネーム "ミーン" マイク・イーノス
ブレイク・ビバリー
マスクド・スカイスクレイパー
ザ・モウラー
本名 マイク・イーノス
ニックネーム 殺人コンベアー
身長 188cm
体重 120kg(全盛時)
誕生日 (1963-06-11) 1963年6月11日(59歳)
出身地 アメリカ合衆国
ミネソタ州
ヘネピン郡ミネアポリス
トレーナー エディ・シャーキー(英語版)
デビュー 1988年
引退 2002年
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マイク・イーノス(Mike Enos、1963年6月11日 - )は、アメリカ合衆国の元プロレスラー。ミネソタ州ミネアポリス出身。

AWAやWWFではウェイン・ブルームとの金髪タッグチーム「デストラクション・クルー」および「ビバリー・ブラザーズ」で活躍[1]。チーム解散後の1990年代中盤は、中堅外国人ヒールとして新日本プロレスに度々来日した[2]。

来歴

ジェシー・ベンチュラ、ロード・ウォリアーズ、リック・ルードらを輩出したエディ・シャーキー(英語版)のトレーニングを受け、1988年に地元ミネアポリスのAWAにてデビュー。"ミーン" マイク・イーノス("Mean" Mike Enos)をリングネームに、1989年に兄弟子のウェイン "ザ・トレイン" ブルームと組んでデストラクション・クルー(The Destruction Crew)を結成。ジョニー・バリアントをマネージャーに迎え、ヒールの大型タッグチームとして頭角をあらわす[3]。

同年10月1日、空位となっていたAWA世界タッグ王座の争奪トーナメント(4チーム参加)にて、1回戦でサージェント・スローター&バロン・フォン・ラシク、決勝でグレッグ・ガニア&ポール・ダイヤモンドを破り、新王者チームとなった[4]。同王座は翌1990年8月11日にザ・トルーパー&D・J・ピーターソンに敗れるまで保持し、王座陥落直後にブルームとのコンビで新日本プロレスに初来日[5]。8月19日の両国国技館大会にて武藤敬司&蝶野正洋のIWGPタッグ王座に挑戦した[6]。

AWA崩壊後の1991年、ビバリー・ブラザーズ(The Beverly Brothers)のチーム名でブルームと共にWWFに移籍。ブルームは長兄役のボウ・ビバリー(Beau Beverly)、自身は弟役のブレイク・ビバリー(Blake Beverly)を名乗り、富裕層のゲイの兄弟を新しいギミックとして活動。マネージャーはザ・ジニアスが担当し、リージョン・オブ・ドゥーム、ザ・ブッシュワッカーズ、ナスティ・ボーイズ、スタイナー・ブラザーズなどのチームと抗争を展開した[7][8]。1992年8月29日にロンドンのウェンブリー・スタジアムで開催されたサマースラムでは、アースクエイクとタイフーンのナチュラル・ディザスターズが保持していたWWF世界タッグ王座に挑戦[9]。同年には日本のSWSとWARにも参戦している[10]。

1993年のWWF離脱後はブルームとのコンビを一旦解消し、同年11月に新日本プロレスに再来日。以降も新日本の常連外国人選手となり、1994年10月の『SGタッグリーグ戦IV』にはロード・スティーブン・リーガルと組んで出場。1995年7月の来日時はAWA時代の盟友スコット・ノートンのパートナーとなって、橋本真也&平田淳嗣とIWGPタッグ王座決定戦を争った[11]。

1996年よりWCWに参戦し、ディック・スレーターとのタッグチームなどで活動後、ブルームとのデストラクション・クルーを再結成。ジ・アウトサイダーズ(ケビン・ナッシュ&スコット・ホール)、クリス・ベノワ&ディーン・マレンコ、レイヴェン&ペリー・サターンなどのチームのジョバーを務めた[1][12]。ブルームが引退した1999年以降もジョバーとしてWCWに単発出場し、2000年は3月と6月に新日本プロレスに来日した[13]。

得意技

獲得タイトル

脚注

  1. ^ a b “Tag Team Profiles: The Beverly Brothers”. Online World of Wrestling. 2011年8月11日閲覧。
  2. ^ 『新日本プロレス 来日外国人選手 PERFECTカタログ』P61(2002年、日本スポーツ出版社)
  3. ^ “The AWA matches fought by Mike Enos in 1989”. Wrestlingdata.com. 2015年10月26日閲覧。
  4. ^ a b “AWA World Tag Team Title History”. Wrestling-Titles.com. 2011年8月11日閲覧。
  5. ^ “The NJPW matches fought by Mike Enos in 1990”. Wrestlingdata.com. 2015年10月26日閲覧。
  6. ^ “NJPW 1990/08/19”. Cagematch.net. 2015年10月26日閲覧。
  7. ^ “WWE Yearly Results 1991”. The History of WWE. 2011年8月11日閲覧。
  8. ^ “WWE Yearly Results 1992”. The History of WWE. 2011年8月11日閲覧。
  9. ^ “WWF SummerSlam 1992”. Cagematch.net. 2015年10月26日閲覧。
  10. ^ “The matches Mike Enos fought at Japan in the year 1992”. Wrestlingdata.com. 2015年10月26日閲覧。
  11. ^ “NJPW Best Of The Super Junior II - Tag 18”. Cagematch.net. 2015年10月26日閲覧。
  12. ^ “Tag Teams Database: The Beverly Brothers”. Cagematch.net. 2011年8月11日閲覧。
  13. ^ “The NJPW matches fought by Mike Enos in 2000”. Wrestlingdata.com. 2015年10月26日閲覧。

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