黒い絵
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1819年、ゴヤはマドリード郊外に「聾者の家」(Quinta del Sordo)と通称される別荘を購入し、1820年から1823年にかけて、この家のサロンや食堂を飾るために14枚の壁画を描いた。黒をモチーフとした暗い絵が多いため、上記の名で呼ばれている。特に『我が子を食らうサトゥルヌス』が有名。ゴヤは亡命(1824年)に至るまでの数年間を過ごした。「聾者の家」は、以前の所有者が難聴だったためにそう呼ばれたという。1909年に別荘が取り壊され、壁画が取り外された。
X線写真で見ると『大雄山羊(魔女の集会)』を除く13点には元々、風景画が描かれており、ゴヤ自身が上描きしたことが分かっているが、理由については諸説あり、はっきりとしたことは判っていない。
ギャラリー
黒い絵(くろいえ)
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「黄昏乙女×アムネジア」の記事における「黒い絵(くろいえ)」の解説
美術室の倉庫に幽霊が描かれた絵があるという怪談。その黒い絵を見てしまった者は、その絵に描かれた幽霊が現実でも見えるようになってしまうという噂。この絵はかつて紫子が、自分が見た影夕子の姿を描いたものである。
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