首掛け松
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/03 21:00 UTC 版)
源頼朝の没後、弟の阿野全成は源頼家と対立し、やがて殺された。その際、刎ねられた首が一夜のうちに息子の時元のいた大泉寺に飛んできて、松の枝にかかったという言い伝えがある。境内には切り株と、その上の記念碑が残る。 大泉寺には首掛け松の一部が残っている。(2017年12月撮影) 切り株の上には記念碑が立っている。(2017年12月撮影)
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