霊南坂(港区)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/16 15:15 UTC 版)
「日本の人名地名一覧」の記事における「霊南坂(港区)」の解説
坂の名。江戸時代初期に嶺南崇六が庵を開いたことから。この庵は後に東禅寺に発展する。
※この「霊南坂(港区)」の解説は、「日本の人名地名一覧」の解説の一部です。
「霊南坂(港区)」を含む「日本の人名地名一覧」の記事については、「日本の人名地名一覧」の概要を参照ください。
霊南坂
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/01 06:26 UTC 版)
「駐日アメリカ合衆国大使館」の記事における「霊南坂」の解説
駐日アメリカ合衆国大使館の東側に「霊南坂」があり、「アメリカ大使館」の異名として通用した時代もある。 霊南坂(れいなんざか)は、赤坂1丁目と虎ノ門2丁目の境界を南西に上る坂道で、西側はアメリカ大使館、東側はホテルオークラ東京と大倉集古館である。 坂上一帯の旧町名は「赤坂区霊南坂町」(現在は港区赤坂1丁目)で、旧霊南坂町は1917年(大正6年)に辰野金吾が旧教会堂を建築した霊南坂教会がある。 坂名は、江戸時代のはじめに徳川家康、秀忠、家光と三代に渡る将軍に尊敬された僧の霊南が、赤坂溜池の南台に寺を創建して居住した「霊南庵」による。のちに霊南庵は、幕府が一帯を武家地に変更したことから芝高輪へ移転して「東禅寺(高輪東禅寺)」と改称した。高輪東禅寺は幕末、英国の仮公使館として使われた。
※この「霊南坂」の解説は、「駐日アメリカ合衆国大使館」の解説の一部です。
「霊南坂」を含む「駐日アメリカ合衆国大使館」の記事については、「駐日アメリカ合衆国大使館」の概要を参照ください。
- 霊南坂のページへのリンク