遠山村制圧
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/27 07:52 UTC 版)
宝亀5年9月頃、駿河麻呂は海道地方の蝦夷村である遠山村に進攻してこれを制圧した。遠山村は桃生郡の奥、すなわち現・宮城県登米市のあたりと考えられている。遠山村制討の報告を受けた光仁天皇は、駿河麻呂の許へと使者を遣わして御服・綵帛を賜ってその功に報いた。 この時の征夷の功績に対する報奨として宝亀6年9月に参議に任命され、同年11月の論功行賞では1790人余人が授位され、駿河麻呂は正四位上勲三等に昇授された。
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