観光地化の経緯
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/10 00:13 UTC 版)
1978年2月8日「塩狩峠一目千本桜推進懇談会」が発足する。構成11団体は、日本国有鉄道旭川鉄道管理局、旭川営林支局、旭川開発建設部、上川支庁、和寒町、比布町、旭川商工会議所、旭川観光協会、上川観光連盟、国土緑化推進委員会上川支部、和寒町観光協会だった。 懇話会の構想は、宗谷本線をはじめとして一帯をサクラの名所にしようとするもので、見ごろの5月には、塩狩駅や塩狩峠記念館の周辺、国道40号、塩狩駅周辺と南丘森林公園を結ぶ和寒町の町道や、その町道と夫婦岩を結ぶ南丘林道でもサクラを見ることができる。実際の本数は不明だが、およそ4000本ともいわれている。
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