藤原世数とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 藤原世数の意味・解説 

藤原世数

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/01/14 08:44 UTC 版)

ナビゲーションに移動 検索に移動
 
藤原世数
時代 平安時代初期 - 前期
生誕 不明
死没 不明
官位 従五位下豊後守
主君 仁明天皇文徳天皇清和天皇
氏族 藤原北家
父母 父:藤原福当麻呂
兄弟 諸数世数、数長、数守、依作、貞数、賀登子
テンプレートを表示

藤原 世数(ふじわら の よかず)は、平安時代初期から前期にかけての貴族藤原北家右大臣藤原内麻呂の孫。肥前守藤原福当麻呂の子。官位従五位下豊後守

経歴

承和10年(843年従五位下上野介に叙任される。嘉祥2年(849年越後介に任ぜられると、翌嘉祥3年(850年)には越後守に昇格する等、仁明朝後半から文徳朝にかけて東国の国司を歴任する。

その後散位となるが、天安3年(859年豊後守と、清和朝でも引き続き地方官を務めている。豊後守在職中の貞観2年(860年)には大和国春日大社の四所大神を勧請して、任国に春日神社を創建している[1]

官歴

六国史』による。

脚注

出典




英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「藤原世数」の関連用語

藤原世数のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



藤原世数のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの藤原世数 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS