薮崎昭とは? わかりやすく解説

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薮崎昭

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/04/11 00:31 UTC 版)

薮崎昭
生誕 1928年(昭和3年)8月19日
福岡県久留米市
国籍 日本
著名な実績 油彩
代表作 「女」大学買上
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薮崎 昭(やぶざき あきら、1928年(昭和3年)8月19日[1] - )は日本の油彩画家。本来の表記は藪崎。

略歴・人物

1928年8月、福岡県久留米市で生まれる。本籍は静岡県焼津市。3歳の時、静岡市に移り、1941年静岡市立城内尋常小学校卒業。1945年3月、静岡県立静岡中学校(61回)卒業[2]。五年制の中学を戦争の激化で四年で繰り上げ卒業となり、1年上級の60回と同時に卒業した[3]。終戦後間もなく父を亡くしたが、医者の兄が復員し生活できるようになると「公立なら美術学校に入ってもよい」と言われた[4]東京美術学校は当時、新制大学への移行の為募集せず、翌年受験規則書を取り寄せると、受験資格が学歴11年となっており、旧制中学繰り上げ卒業のため、受験に必要な学歴が一年足りず、新制となっていた母校に三年次編入した[3][4]。美術教師の大村政夫から基礎を学び[3]、高校在学中から山本丘人に師事した[5]1950年静岡県立静岡城内高等学校(66回)卒業[6]。同年、東京藝術大学美術学部日本画科入学。1954年、同大卒業。卒業制作『女』(200号)が大学買い上げとなった[3]

1969年、東京銀座の資生堂ギャラリーで初の個人展開催(油彩)。「日本画では、複雑で価値観が多様化している現代の姿を表現しにくかった。それで油絵を始めた」[3]と語っている。その後、東京、静岡で個人展を開催。「芸術は個人が思想を表現する個人の営み。団体に入れば、干渉を受けることになる。自分の表現をするためには、不利で苦しいが、この生き方を貫くしかない」[3]と、美術団体やグループに所属せず、個人展のみで発表を続け、独自の画境を追究した[4]1997年に母校の静岡高校に寄贈した「秋苑」(60号)は芸大3年時の作品[4]

著書

  • 『藪崎昭作品集』 薮崎 昭 著 イーアート 2014.8
  • 『藪崎昭作品集』 薮崎 昭 画 イーアート 2010.3
  • 『明治大正ガラス百八十三器』 薮崎 昭 著 矢来書院 1976
  • 『民器礼賛』(『小さな蕾』誌に5年間60回連載) 創樹社美術出版

脚注

  1. ^ 薮崎 昭 - Webcat Plus”. webcatplus.nii.ac.jp. 2023年4月2日閲覧。
  2. ^ 『静中・静高同窓会会員名簿』平成15年度(125周年)版 88頁。
  3. ^ a b c d e f 静岡新聞 高きを仰ぐ<50> 薮崎昭氏 2003年7月10日掲載
  4. ^ a b c d 『古希 戦中戦後70年の歩み』145頁。静中静高六十六期生 古希記念誌 2002年2月16日発行
  5. ^ 『古希 戦中戦後70年の歩み』2頁。静中静高六十六期生 古希記念誌 2002年2月16日発行
  6. ^ 『静中・静高同窓会会員名簿』平成15年度(125周年)版 100頁。

関連項目

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外部リンク




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