萩原克己とは? わかりやすく解説

萩原克己

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/01/09 16:03 UTC 版)

萩原 克己(はぎわら かつき、1949年 - 2013年10月30日)は、2004年11月に設立された新生「エレックレコード株式会社」代表取締役社長、ドラマー音楽評論家神奈川県横浜市出身。

来歴

1968年、19歳でヤマハ・ライト・ミュージック・コンテスト全国大会にバンド「マックス」のドラマーとして出場しグループサウンド部門優勝[1][2]。「マックス」は1970年よしだたくろうの『青春の詩』のレコーディングでバックバンドを担当した[3]他に、泉谷しげる大橋純子古井戸らのスタジオミュージシャンやバックバンドとして活躍し、エレックレコードのアーティストのリズムセクションを支えた。

1972年、旧エレックレコードに入社し、制作ディレクター、制作宣伝部長を歴任。山崎ハコナイアガラ・レーベル(大瀧詠一)、シュガー・ベイブ(山下達郎大貫妙子他)らを担当。エレックレコード倒産後の1977年ポリドール・レコードと契約。水越けいこ香坂みゆき欧陽菲菲秋吉久美子カシオペアJIMSAKU外道らをプロデュースした。

1996年、ミュー音楽出版社を設立[4]。晩年は月刊スカイパーフェクTV!(ぴあ刊)にて自伝エッセイ「翼の生えた犬」連載していた。

2013年10月30日、死去。

著書

参考文献

外部リンク

脚注

注釈

出典

  1. ^ 同部門に吉田拓郎のバンド「ザ・ダウタウンズ」も出場したが、4位。(『いつも見ていた広島』 - 田家秀樹、小学館)
  2. ^ 全日本ライト・ミュージック・コンテスト
  3. ^ 「青春の詩」ライナーノーツ
  4. ^ エレックレコード社長・萩原克己さんに聞く「思い出のアーティストたち」<前編>シニアコム.JP内




固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「萩原克己」の関連用語

萩原克己のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



萩原克己のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの萩原克己 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS