第8回アメリカ横断ウルトラクイズ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/15 09:40 UTC 版)
「道蔦岳史」の記事における「第8回アメリカ横断ウルトラクイズ」の解説
3年後1984年の第8回大会にも出場し、じゃんけんで一度は敗れるも「逆さ言葉早押しクイズ」に正解し敗者復活、予選を突破(挑戦者番号No.28)。機内400問ペーパークイズで機内一位を獲得。第2CPグァムでの泥んこクイズ「時差ボケ調整敗者たらい回しクイズ」を突破し第3CPハワイまで進出したが、ハワイでのクイズ形式が朝食を早く食べた順に並んでの綱引き+クイズというクイズ形態の「朝めし早食い綱引きクイズ」であったため列の後方に並ぶこととなり、回答権を得られず敗退した。第9回以降の大会では成田予選以降に姿が見られず、以後の参加は不明である。
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