福永兵蔵
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/09 13:10 UTC 版)
ふくなが ひょうぞう 福永 兵蔵 | |
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生誕 |
1904年10月??日![]() |
死没 |
2005年??月??日![]() |
職業 | 実業家 |
著名な実績 | 株式会社フクナガ創業者 |
子供 |
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福永 兵蔵(ふくなが ひょうぞう、1904年10月〈明治37年〉 - 2005年〈平成17年〉)は、日本の実業家。株式会社フクナガ創業者。リプトンの喫茶店を経営し、日本に紅茶を広めた人物とされ、「京都の紅茶王」として知られる[1][2][出典無効][3]。
来歴
滋賀県近江八幡市出身。地元の小学校から商業実習学校に入学。卒業後は五条の瀬戸物屋「萬珠堂」の貿易部で働き始める。
取引先であったイギリスのウォーカー商会からリプトン紅茶の喫茶店経営を薦められ、1930年に「リプトン本社直轄喫茶部 極東支店」(現:サー・トーマス・リプトン ティハウス)をオープン[4]。日本で初めてのロイヤルミルクティーの提供[5][6][7]や、ラジオ出演などで京都にリプトンの名を広める[8]。
1949年、「株式会社リプトン」として法人設立。1967年に社名を「株式会社フクナガ」に変更し、とんかつ店の「かつくら」などの事業を展開。一代で30億円もの財産を築いたとされる[9]。
脚注
- ^ “リプトン創業者の婚外子が“泥沼相続裁判”の悲しき結末を告白「裁判費用で結局は赤字、母は倒れて認知症に……」”. Smart FLASH. 光文社 (2021年6月23日). 2022年4月29日閲覧。
- ^ “紅茶リプトンの創業者遺産20億はどこに?!8年にわたる兄弟間の相続争い”. オール相続. 2022年4月29日閲覧。
- ^ “「京都の紅茶王」遺産争いの知られざる結末 婚外子の壮絶人生”. 女性自身. 光文社 (2021年6月22日). 2022年4月29日閲覧。
- ^ 『Hanako』第30巻第21号、マガジンハウス、2017年、89頁、国立国会図書館サーチ:R100000002-I000000062085-i8819517。
- ^ “ヒストリー”. TEA HOUSE LIPTON. フクナガ. 2012年2月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年4月10日閲覧。
- ^ 産経新聞文化部 編著『食に歴史あり 洋食・和食事始め』産経新聞出版、2008年3月、[要ページ番号]頁。ISBN 978-4-86306-051-7。
- ^ “日本で初めてロイヤルミルクティを提供した『ティーハウス リプトン』はランチもおすすめ”. キョウトピ. Kyotopi (2020年12月26日). 2022年4月29日閲覧。
- ^ 井口麻里子 (2020年2月28日). “総額30億のうち「遺産は7万8002円」とされた婚外子と実子のドロドロ”. PRESIDENT Online. プレジデント社. 2022年4月29日閲覧。
外部リンク
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