目黒ひとみ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/10/17 06:28 UTC 版)
| 目黒 ひとみ | |
|---|---|
| 出生名 | 石田 浩子[1] | 
| 生誕 | 1960年9月19日(65歳) | 
| 出身地 |  日本 東京都板橋区 | 
| ジャンル | アイドル歌謡曲 | 
| 職業 | 歌手 | 
| 活動期間 | 1975年 - 1976年(ソロとして) 1977年 - 1979年(「ギャル」として) | 
| レーベル | ビクター音楽産業(ソロとして) キングレコード(「ギャル」として) | 
| 事務所 | アルト企画 | 
| 共同作業者 | ギャル | 
目黒 ひとみ(めぐろ ひとみ、1960年9月19日[1] - )は、日本の歌手。東京都板橋区出身[1]。板橋区立板橋第二中学校卒業[1]。アルト企画に所属していた[1]。
来歴
1973年、日本テレビの『スター誕生!』第87回大会(1973年5月27日放送)で合格[1]。その後、第8回決戦大会(同年9月30日放送)でも合格する(他の合格者:しのづかまゆみ(最優秀賞)、伊藤咲子、松田新太郎、米永透)[1]。しかし当時13歳と年齢が若すぎたことでデビューが先延ばしになっていた[1]。
1975年12月、ビクター音楽産業(現:JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント)からシングル『わたしのシュガーボーイ』で歌手デビュー。デビュー時のキャッチフレーズは、「食べたくなるような女の子」。シングル3枚をリリースした。最初は本名(石田浩子)でデビューする予定でいたが、池田ひろ子、石田
    
その後、1977年10月に同じ事務所の石江理世・黒木真由美とともに3人組グループ「ギャル」を結成したが、1979年に解散している。解散後は芸能活動からリタイアし、結婚を機に静岡県御殿場市に在住。家庭に入っていたがその後歌手活動を再開し、静岡県を地盤にして各種イベント等で活動している。
娘の山本栞里は、Ring-Tripのメンバーをつとめるなど歌手として活動している。
2025年10月16日、都内で行われた日本歌手協会主催「第52回歌謡祭」で、解散以来46年振りにギャルを再結成。黒木真由美、中世古アキと共に「マグネット・ジョーに気をつけろ」を歌唱した。[2]
ディスコグラフィ
シングル
- わたしのシュガー・ボーイ c/w ラブ・コール10:30 (1975.12.20)
- アップルパイが焼けるまで c/w すてきなグランドマザー (1976.07.01)
- スイートポテト42キロ c/w 家庭教師 (1976.10.01)※カルビー「おさつスナック」CMソング
アルバム
- ギャルとして
- 薔薇とピストル〜コンプリート・コレクション - ギャルのコンプリート・コレクション・アルバム(2010.08.04)
テレビ出演
- 欽ドン! (フジテレビ系)相手役として、目黒ひとみとしてデビュー前に、本名の石田浩子名義で出演。
- 爆報! THE フライデー (TBS)
- 日本歌手協会 第44回歌謡祭 歌謡フェスティバル・第3夜(中野サンプラザ、2017年12月収録、2018年1月3日放送)主催:日本歌手協会 放送:BSジャパン)『わたしのシュガーボーイ』
脚注
外部リンク
目黒ひとみ(ヒー)
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