玉眞院とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 文化 > 寺院名 > 玉眞院の意味・解説 

玉真院

読み方:ギョクシンイン(gyokushin’in)

別名 玉川大師

宗派 真言宗智山派

所在 東京都世田谷区

本尊 阿弥陀如来弘法大師

寺院名辞典では1989年7月時点の情報を掲載しています。

玉眞院

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/04/15 14:17 UTC 版)

玉眞院

山門
所在地 東京都世田谷区瀬田4-13-3
位置 北緯35度37分7.6秒 東経139度37分37.8秒 / 北緯35.618778度 東経139.627167度 / 35.618778; 139.627167座標: 北緯35度37分7.6秒 東経139度37分37.8秒 / 北緯35.618778度 東経139.627167度 / 35.618778; 139.627167
山号 寶泉山(ほうせんざん)
宗旨 真言宗
宗派 智山派
本尊 弘法大師
創建年 大正14年(1925年
正式名 寶泉山玉眞院
別称 玉川大師
札所等 玉川八十八ヶ所霊場5番、ぼけ封じ関東三十三観音霊場10番
法人番号 1010905000150
テンプレートを表示

玉眞院(ぎょくしんいん)は、東京都世田谷区瀬田四丁目にある真言宗智山派の寺院。玉川大師の通称で知られる。

歴史

創建は大正時代で、龍海大和尚により大師堂が、その後6年の歳月をかけて、昭和9年(1934年)に竜海阿闍梨が地下仏殿を建立した[1]

地下仏殿は地下5メートルの深さの場所に、長さ100メートルにも及ぶ総鉄筋コンクリート造りの拝殿である。日本でも有数の地下霊場である。

地下仏殿は仏の胎内をかたどっており、胎内には石仏が300体あると言われている[1]

これらの石仏を拝むと四国八十八ヶ所西国三十三ヶ所を巡ったのと同じご利益があるとされている。

本尊の弘法大師像は高さ2メートル20センチ、重さ約2トンの御影石でできている[1]

毎月21日には護摩供、正月5月10月には四国から来た土砂を踏む「お砂ふみ修行」の行事がある[1]

主な施設

アクセス

近隣施設

参考文献

  • 玉川地域活動団体連絡協議会編『世田谷ふるさとめぐり てくたくぶっく 兵庫島コース」 1986年
  • 世田谷区教育委員会編『せたがや 社寺と史跡(その二)』1969年

脚注

  1. ^ a b c d 世田谷区教育委員会(1969)22-23pp.


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「玉眞院」の関連用語

玉眞院のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



玉眞院のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
日外アソシエーツ株式会社日外アソシエーツ株式会社
Copyright (C) 1994- Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの玉眞院 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS