獅子吼城
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/27 07:07 UTC 版)
「根古屋神社の大ケヤキ」の記事における「獅子吼城」の解説
「根古屋」「根小屋」は山城の麓の集落によく付けられる名前だが、この集落の場合も戦国時代の山城である獅子吼城(ししこじょう、江草小屋)がすぐ東の山上に存在する。天正10年(1582年)3月に武田家が滅亡し、同年6月には甲斐・信濃を巡る「天正壬午の乱」が発生する。天正壬午の乱において、徳川氏・後北条氏は韮崎市の七里岩周辺の城砦に布陣して対峙し、穂坂路沿いの獅子吼城後には北条方が布陣した。同年6月の合戦で徳川・旧武田家臣団連合軍の夜襲により落城した。 一対のケヤキは樹齢1000年と推定されており、戦国の栄枯を見下ろしてきたことになる。 田木。畑木と同様の巨木である
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