武茂氏・宇都宮氏の当主となる
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「宇都宮正綱」の記事における「武茂氏・宇都宮氏の当主となる」の解説
宇都宮氏宗家の家督は兄の宇都宮明綱が継いでいたため、父等綱の実家である武茂氏の家督を継承し、武茂氏の当主となった。 寛正4年(1463年)死去した兄・宇都宮明綱に子がなかったので、宇都宮氏本家の家督も継承し宇都宮氏、武茂氏両氏の当主となった。 この頃の宇都宮氏の勢威は衰退しきっており滅亡の危機に晒されていたが、明綱・正綱兄弟は小山氏当主小山持政の甥であるため、持政からの後見を受けていた。しかし、その代償として都賀郡や南部の宇都宮領を小山氏に譲渡することになった。また、当時は小山氏は最盛期を迎えており、持政に宇都宮家中を介入されたりもしていた。
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