本泉寺 (常陸大宮市)とは? わかりやすく解説

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本泉寺 (常陸大宮市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/11/30 02:28 UTC 版)

本泉寺
所在地 茨城県常陸大宮市野上1264
位置 北緯36度36分27.6秒 東経140度23分14.3秒 / 北緯36.607667度 東経140.387306度 / 36.607667; 140.387306座標: 北緯36度36分27.6秒 東経140度23分14.3秒 / 北緯36.607667度 東経140.387306度 / 36.607667; 140.387306
山号 鳥喰山
院号 遊院
宗派 浄土真宗本願寺派
本尊 阿弥陀如来
創建年 宝治2年(1248年
開基 唯円(鳥喰の唯円)
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本泉寺(ほんせんじ)は、茨城県常陸大宮市にある浄土真宗本願寺派寺院

歴史

1248年宝治2年)、唯円(鳥喰の唯円)の開基である。唯円は俗名「鳥喰六郎兵衛尉朝業」という武士[1]で、1227年安貞元年)に、浄土真宗宗祖の親鸞の弟子となり、「唯円」を名乗ることになった。そして常陸国那珂郡鳥喰村(現・茨城県那珂市豊喰)に寺を創建した[2][3]

1590年天正18年)の兵火で焼失したため、下総国葛飾郡古河(現・茨城県古河市)に移転したが、まもなく鳥喰村に復帰した。ところが1649年慶安2年)の落雷による焼失で、再度古河に移転した。1664年寛文4年)に水戸藩第2代藩主徳川光圀によって現在地に移転した[3]

交通アクセス

脚注

  1. ^ 歎異抄』の作者とされる同名の法名を持つ人物とは別人。両者を区別するために、当寺の開基は通称「鳥喰の唯円」、『歎異抄』の作者とされる僧侶は通称「河和田の唯円」と呼ばれている。なお、茨城県常陸太田市西光寺では、鳥喰の唯円の俗名は「橋本綱宗」としている。
  2. ^ プレスサービス 編『茨城の寺を訪ねて』茨城放送、1987年、274p
  3. ^ a b 本泉寺真宗教団連合「親鸞聖人を訪ねて」

参考文献

  • プレスサービス 編『茨城の寺を訪ねて』茨城放送、1987年



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