本木栄之進良永とは? わかりやすく解説

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本木良永

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/04 06:44 UTC 版)

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藤浪剛一『医家先哲肖像集』より本木良永

本木 良永(もとき よしなが/りょうえい、享保20年6月11日1735年7月30日) - 寛政7年7月17日1794年8月12日))は、江戸時代オランダ通詞。通称は栄之進、仁太夫、字は士清、号は蘭皐。

略歴

長崎の御用医師・西松仙の子として生まれ、13歳で母方のオランダ通詞・本木良固の養子となった。養父にオランダ語の手ほどきを受けた。しかし、その一年後に養父が死去し、その跡役として15歳で稽古通詞となった。1766年(明和3年)32歳で小通詞末席に進み、1777年(安永5年)43歳で小通詞並、1782年(天明2年)小通詞助役、1787年(天明8年)53歳で小通詞、翌年大通詞(おおつうじ)に昇進する。その間、辞書や蘭書に当たって独学を重ねた[1]

オランダから輸入されたさまざまな洋書を翻訳し、西洋自然科学などの知識を日本に持ち込んだ。オランダ語で書かれた天文書にあるニコラウス・コペルニクス地動説を翻訳、訳書『和蘭地球図説』や『天地二球用法』において日本に紹介した。また1792年の『太陽窮理了解説』では初めて「惑星」という用語を用いた[2]。 1793年の『星術本原太陽太陽窮理了解新制天地二球用法記』の中で、なぜ惑星と和訳したかを次のように述べている[3]。(以下引用)

「オランダ人がこの天体を惑星と名付けたわけは、この星ここに在るかと見ればかの所に在り、天文学者その位置の計算に迷い惑えるによりて惑星と命名」

長崎歴史文化博物館には伝・若杉五十八筆の「本木良永夫妻像」がある。

息子の本木正栄はオランダ語のほかに、ヅーフについてフランス語、ブロムホフについて英語を学び、日本最初の英語学書「諳厄利亜(アングリア)興学小筌」「諳厄利亜語林大成」、また最初のフランス語学書「払郎察(フランス)辞範」を編纂した[4]。子孫に本木昌造など。

1916年(大正5年)、正五位を追贈された[5]

訳書

  • 『和蘭地図略説』 1771年、37歳、校訂松村元網 (?ー1796?)、ドイツ人ヒュブネル (1668-1731) の地理書『新旧地理学問答(1722年版)』(初版1711年)を蘭訳したもので、その地図用法の章の抄訳したもの[1]
  • 『阿蘭陀地球説訳』、1772年、38歳、校訂松村元網、原書はフランス人ルナール(L.Renard)の『大判の航海地図』(1715年刊)を蘭訳・増訂した『世界航海貿易地図帳』(1745年、アムステルダム刊)で、その説明記事の部分を翻訳したもの。新発見の陸地、数理地理的事項、天動説・地動説などに関する記事からなる[1]
  • 『平天儀用法』 1774年
  • 『天地二球用法』 1774年(延享元年)44歳、校訂松村元綱、原書はオランダ人ブラウ(W.J.Blaeu:1571-1638)の『天地両球儀の二様の入門』(1666年刊、初版1620年刊)で、その初めの部分を訳したもの。ここでコペルニクス地動説の内容が具体的に紹介された。
  • 『渾天地球総説』 1781年
  • 『阿蘭陀全世界地図書訳』 1790年
  • 『太陽窮理了解説』 1792年 惑星という言葉が初めて用いられた。
  • 『星術本原太陽太陽窮理了解新制天地二球用法記』 1793年[3]

脚注

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  1. ^ a b c 岡田俊裕『日本地理学人物事典*近世編』原書房、2011年4月25日、110頁。ISBN 9784562046942
  2. ^ 廣瀬匠『天文の世界史』集英社、2017年12月7日、29頁。ISBN 978-4797680171
  3. ^ a b 監修 中村士 執筆協力 小林幸枝『江戸の天文学』角川学芸出版、2012年 ISBN 978-4-04-653265-7
  4. ^ もときしょうざえもん【本木庄左衛門】大辞林 第三版
  5. ^ 田尻佐 編『贈位諸賢伝 増補版 上』(近藤出版社、1975年)特旨贈位年表 p.41

参考文献

関連項目




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