日本初の学術的人体解剖
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/01/03 19:49 UTC 版)
宝暦4年(1754年)2月7日、医学者・山脇東洋が京都所司代であった小浜藩主・酒井忠用の許可を得て六角獄舎で日本で初めての人体解剖を行った。この時の解剖記録・解剖図4枚を収めたのが、『蔵志』である。多くの誤りもあったが、日本医学史上に占める意義は大きく、その後、弟子たちにより全国各地で解剖が行われることになる。
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