斐姫とは? わかりやすく解説

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斐姫

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/09/09 17:25 UTC 版)

斐姫(あやひめ、1852年嘉永5年) - 1929年昭和4年)5月9日[1])は、第14代徳島藩主・蜂須賀茂韶正室。父は蜂須賀隆芳

生涯

父は蜂須賀隆芳。妹に鷹司輔政の正室の倫子がいる[2]

1869年明治2年6月)に蜂須賀茂韶と婚姻。1872年(明治5年)から1873年(明治6年)まで茂韶は斐を同伴して自費による海外留学をした[3]

1874年明治7年)4月、茂韶と離婚。後に茂韶は1881年(明治14年)に徳川慶篤の長女・随子を継室に迎えた。

斐子は1929年昭和4年)5月9日に死去。墓所は東京都台東区にある海禅寺。法名は宝樹院華香妙果大姉。

脚注

  1. ^ 墓碑銘。なお、『蜂須賀茂韶公隠れたる功績』に大去と記載されているが、これは離婚を指す。『平成新修華族家系大成』を参照。
  2. ^ 2017年,実業之日本社『「家系図」と「お屋敷」で読み解く歴代総理大臣 明治・大正篇』
  3. ^ 蜂須賀家文書 仮目録”. 徳川黎明会. 2019年3月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年3月26日閲覧。

参考文献

  • 『蜂須賀茂韶公隠れたる功績』露木亀太郎、1937年



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