抗戦と大統領代行就任
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/10/27 11:01 UTC 版)
「ホセ・アバド・サントス」の記事における「抗戦と大統領代行就任」の解説
最高裁判所長官就任時に日本軍がフィリピンへの侵攻を開始。アバド・サントスは、独立準備政府大統領のマニュエル・ケソン、アメリカ極東軍司令官ダグラス・マッカーサーらと共に、コレヒドール島要塞に籠城する。バターン半島の戦いで米比軍は日本軍に敗れ、ケソン大統領とマッカーサーは1942年3月にコレヒドール島要塞を放棄しオーストラリアに脱出。この時アバド・サントスもマッカーサーに同伴して脱出することも可能だったが、フィリピン残留を決意。脱出するケソン大統領より、非占領地域の「フィリピン大統領代行」に任命され、後を託された。
※この「抗戦と大統領代行就任」の解説は、「ホセ・アバド・サントス」の解説の一部です。
「抗戦と大統領代行就任」を含む「ホセ・アバド・サントス」の記事については、「ホセ・アバド・サントス」の概要を参照ください。
- 抗戦と大統領代行就任のページへのリンク