志自岐羽黒神社とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 文化 > 神社名 > 志自岐羽黒神社の意味・解説 

志自岐羽黒神社

読み方:シジキハグロジンジャ(shijikihagurojinja)

別名 氏神

教団 神社本庁

所在 長崎県南松浦郡奈良尾町

祭神 倉稲魂命 ほか

神社名辞典では1989年7月時点の情報を掲載しています。

志自岐羽黒神社

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/22 15:25 UTC 版)

ナビゲーションに移動 検索に移動
志自岐羽黒神社
所在地 長崎県南松浦郡新上五島町岩瀬浦郷字杉ノ本703-9
位置 北緯32度53分02.9秒 東経129度05分10.4秒 / 北緯32.884139度 東経129.086222度 / 32.884139; 129.086222
主祭神 倉稲玉命
十城別王命
外2柱
社格 旧郷社
創建 不詳
本殿の様式 神明造
例祭 10月9日
主な神事  
テンプレートを表示

志自岐羽黒神社(しじきはぐろじんじゃ)は、長崎県南松浦郡新上五島町岩瀬浦郷に鎮座する神社である。奈良尾東掛(奈良尾、岩瀬浦、東神の浦、鯛の浦、阿瀬津太田)の産土神として崇敬された。

祭神

天満神社

倉稲玉命十城別王命を主祭神に、菅原道真天穂日大神の2柱を配祀する。 配祀神の菅原道真と天穂日大神は、近年社殿が倒壊した同郷の天満神社の祭神であり、その際合祀されたと思われる。

歴史

創建年は不詳だが当初『羽黒権現宮』と称していた。社殿棟札や社記には「再建立年 貞享甲子(1684年)九月」とあり、五島藩藩主祈願所として再建されたとある。その経緯より歴代藩主の江戸参勤等の入出府には旅の安全や航海安全の祈願を行っており、その際には7番から12番の神楽舞も奉納された。また、当社には当時の藩主による祈願文も残されている。文久4年(1864年)の社殿改築の際は全てを藩費で賄い、陣頭指揮には藩の寺社奉行、代官を出張させこれに当たらせた。明治3年(1870年)に「志自岐羽黒神社」に改称し、翌年に村社に列せられる。同43年(1910年)6月25日に、郷内の尾崎神社、稲荷神社、恵比須神社、立岩神社、羽黒神社を合祀する。大正3年(1914年)5月5日に神饌幣帛料供進神社に指定され、同11年(1922年)9月12日、郷社に列せられる。 なお、尾崎神社(祭神・櫛稲田姫)はその後、旧来の鎮座地に複祀されている。

祭祀

主な祭礼・神事

境内社

境内社の大神・稲荷・金刀比羅、八坂神社
住吉、山神神社

その他の神社

その他の岩瀬浦郷の神社に尾崎神社金刀比羅神社がある。

また、隣接する奈良尾郷に奈良尾神社が、東神ノ浦郷に大王神社がある。

参考文献

  • 『五島神社誌 昭和18年(復刻版)』神祇会南松浦郡部


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「志自岐羽黒神社」の関連用語

志自岐羽黒神社のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



志自岐羽黒神社のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
日外アソシエーツ株式会社日外アソシエーツ株式会社
Copyright (C) 1994- Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの志自岐羽黒神社 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS