幸福寺_(久喜市菖蒲町下栢間)とは? わかりやすく解説

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幸福寺 (久喜市菖蒲町下栢間)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/03/09 00:21 UTC 版)

幸福寺
所在地 埼玉県久喜市菖蒲町下栢間7
位置 北緯36度01分56.7秒 東経139度34分58.5秒 / 北緯36.032417度 東経139.582917度 / 36.032417; 139.582917座標: 北緯36度01分56.7秒 東経139度34分58.5秒 / 北緯36.032417度 東経139.582917度 / 36.032417; 139.582917
宗派 曹洞宗
本尊 十一面観音
創建年 建久6年(1195年
開基 源頼朝
法人番号 6030005004384
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幸福寺(こうふくじ)は、埼玉県久喜市にある曹洞宗寺院。なお、当寺の約4キロメートル東北東の同市菖蒲町河原井に同名の寺がある。そちらの寺も曹洞宗である。

歴史

1195年建久6年)、源頼朝の開基である。茶釜で知られる群馬県館林市茂林寺の筆頭末寺だったことから、「福」の字がある「幸福寺」という寺号になっている。頼朝夫人の北条政子は、夫・頼朝の菩提を弔うため、「大御堂」を建立している[1]

往年は多くの塔頭を擁し、曹洞宗の学問寺として修行僧仏法を学んでいた。そういう経緯もあってか、江戸幕府初代将軍徳川家康鷹狩をする際の御膳所(休憩所)として指定され、寺領18が与えられていた[1]

交通アクセス

脚注

  1. ^ a b 渡辺良夫 著『古利根の寺々(さきたま双書)』さきたま出版会、1995年、96-97p

参考文献

  • 渡辺良夫 著『古利根の寺々(さきたま双書)』さきたま出版会、1995年



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