常徳寺_(文京区)とは? わかりやすく解説

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常徳寺 (文京区)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/12 05:08 UTC 版)

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常徳寺
所在地 東京都文京区本駒込3-7-16
位置 北緯35度43分33.77640秒 東経139度45分17.85600秒 / 北緯35.7260490000度 東経139.7549600000度 / 35.7260490000; 139.7549600000座標: 北緯35度43分33.77640秒 東経139度45分17.85600秒 / 北緯35.7260490000度 東経139.7549600000度 / 35.7260490000; 139.7549600000
山号 善龍山
院号 清源院
宗派 浄土宗
本尊 阿弥陀如来
創建年 寛永7年(1630年
開山 立誉善達
公式サイト 身代わり地蔵常徳寺
法人番号 6010005000377
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常徳寺(じょうとくじ)は、東京都文京区にある浄土宗寺院

歴史

1630年寛永7年)、立誉善達によって開山された。元々は湯島天神切通に位置していた日蓮宗寺院「善正寺」を浄土宗に転宗させて成立したものだが、天和の大火で焼失した。再建しようとしたところ、幕府より御用地として接収されたため、1683年天和3年)に現在地に移転した[1]

身代わり地蔵

当寺は「身代わり地蔵」と呼ばれる地蔵菩薩像で知られている。江戸時代地図には「身代地蔵常徳寺」と地蔵名の方が大きく記載されるほどの知名度であった。ある時、当寺第2世転誉上人が病床に伏し、右目が失明しそうになった。そこで、この地蔵に祈ったところ、転誉上人は全快し、代わりに地蔵の右目が腫れていたという。そのことから「身代わり地蔵」として崇められるようになった[1]

1945年昭和20年)の空襲では、大きすぎたため運び出すことができずに焼失した。57年後の2002年平成14年)に、ようやく2代目の身代わり地蔵像が再建された[2]

寺宝等

幡随院の初代住職だった幡随意が、九州キリシタン仏教改宗事業に従事した際に所持していたものである。戦前までは秘仏として扱われた[1]
  • 地蔵菩薩(身代わり地蔵)

交通アクセス

脚注

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c 本郷仏教会寺院誌編纂委員会 編『本郷の寺院―街と寺誌』本郷仏教会、1984年、233-235p
  2. ^ 身代わり地蔵常徳寺

参考文献

  • 本郷仏教会寺院誌編纂委員会 編『本郷の寺院―街と寺誌』本郷仏教会、1984年

関連項目

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