川北徹
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川北 徹(かわきた とおる[1]、1927年10月13日[1] - 2009年6月29日[2])は、日本の経営者。三井金属鉱業社長を務めた。
来歴・人物
島根県出身[3]または鹿児島県いちき串木野市旧串木野市地域出身[1]。1948年に熊本工業専門学校冶金学科を卒業し、同年に三井鉱山に入社した[1][3]。神岡鉱山(岐阜県)や竹原製錬所(広島県)で製錬技術者として業務に従事[1]。竹原製錬所の労組委員長も務めた[1]。三井鉱山から1950年に神岡鉱業が分離し1952年に三井鉱山から三井金属鉱業に社名変更した後は、三井金属鉱業勤務[1]。1981年に取締役に就任し、1984年6月に常務、1987年6月に専務、1989年6月に副社長を経て、1990年6月には社長に就任した[1][3]。なお、1990年から三井金属鉱業は通称を三井金属と統一している[4]。1993年6月に相談役に就任[3]。
脚注
参考文献
- 人事興信所 編『人事興信録 第40版 上』人事興信所、1999年。
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