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岩田豪

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/03/07 09:49 UTC 版)

岩田 豪
いわた ごう
選手情報
ラテン文字 Go Iwata
国籍 日本
競技 陸上競技
種目 長距離走
大学 東洋大学
生年月日 (1980-04-25) 1980年4月25日(44歳)
出身地 兵庫県加古川市
自己ベスト
ハーフマラソン 1時間04分36秒
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岩田 豪(いわた ごう、1980年4月25日 - )は、日本ランニングアドバイザー。元陸上競技選手。兵庫県加古川市出身。西脇工業高校東洋大学卒業。所属はフリー。全国のマラソン大会参加賞Tシャツ発展途上国に送るプロジェクトキミのためにできること。」の代表でもある。

エピソード

小学校時代にクラブ活動とは別に、大会出場を視野に入れた特設陸上クラブへ入ったことが陸上競技へ打ち込むことになったきっかけ。中学時代は陸上部へ入部し、2年間はサークル活動のような雰囲気を楽しんでいたが、3年生へなる時に近隣の中学校から神屋伸行(西脇工業駒澤大学)を指導した先生が転任してきたこともあり、それまでとは違った勝負にこだわる部活動へと変わっていくことになった。

高校3年生の時に2年連続7度目の全国高校駅伝優勝を果たす。

駒澤大学への進学を希望していたが、推薦の話が来ていた東洋大学へ進学する。東洋大学陸上競技部へ入部し、陸上部寮へ入寮。1年時は箱根駅伝のメンバーにも入れず、東洋大学は最下位となりシード落ちをする。2年時は箱根駅伝予選会の登録メンバーへ選ばれるもののメンバーから漏れ、3年時は登録メンバーへも選ばれることなく予選会で敗退。新しいチームで主将を務めていたが、新しく指導者として迎えられた川嶋伸次シドニーオリンピック出場)から「面倒見が良すぎる。選手としての当落線上にいるお前は選手に専念するべきだ。」と言われ、1学年下の久保田満へ主将を代わってもらうことになる。以降、練習に集中するようになり、関東インカレ1部のハーフマラソンで8位へ入賞。

全日本大学駅伝予選会、箱根駅伝予選会ではメンバーとして走り、両駅伝の出場権獲得へ貢献する。

箱根駅伝では体調を落としていたものの、調子の良かった同学年の和田三洋が1週間前にインフルエンザへかかってしまい、10区へと抜擢され2位という戦績を残す[1]。また、10区5人抜きごぼう抜き記録も同時に更新。現役を引退後、塾の講師やスポーツトレーナー等を経験することで、取り組んできた陸上競技の指導に説明がどれだけ不足していたかを痛感。一般市民ランナーのトレーニング方法が違った形で伝わっていることを変えたいと思い、大学時代の恩師川嶋伸次のランニング哲学と自身が体感してきたランニング哲学をミックスさせたランニング理論を伝えるためにランニングアドバイザーを始めた。

経歴、活動歴

小学校のクラブ活動陸上部に所属。また、同時期に小学校内の大会出場を目指した「特設陸上クラブ」に参加。

自己ベスト

戦績

出演メディア

ラジオ

TV

雑誌

  • 月刊ランナーズ e-moshicom 『フォームが大事をモットーに元箱根駅伝選手の岩田コーチが基礎を伝授する。』2016年6月号/2016年6月1日発行、株式会社アールビーズ発行、p.34

新聞

脚注




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