山下昇
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やました のぼる
山下 昇
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生誕 | 1922年7月17日![]() |
死没 | 1996年5月15日(73歳没) |
死因 | 呼吸不全 |
出身校 | 東京帝国大学理学部地質学科 |
職業 | 地質学者、信州大学教授、フォッサマグナミュージアム館長 |
山下 昇(やました のぼる、1922年(大正11年)7月17日 - 1996年(平成8年)5月15日[1])は、日本の地質学者。信州大学名誉教授。
フォッサマグナ東縁は柏崎と銚子を結んだ線とする、柏崎-銚子線説を提唱した[2]。
人物・経歴
福岡県八女市生まれ[1]。 1945年、東京帝国大学理学部地質学科を卒業。
東京大学理学部助手を経て、1968年に信州大学教授に就任する。1986年に定年退官し、名誉教授となる。
退官後、新潟県糸魚川市のフォッサマグナミュージアム館長を務めた。
脚注
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