山上吉五郎とは? わかりやすく解説

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山上吉五郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/06/02 02:09 UTC 版)

山上 吉五郎(やまかみ きちごろう、1850年4月嘉永3年3月[1] - 没年不明)は、日本実業家[1]商人皮革商)[2][3][4][注 1]

経歴

武蔵国多摩郡下壱分方村(後の東京都南多摩郡元八王子村、現・東京都八王子市泉町)生まれ。佐兵衛の四男[1]。16歳の時に出て7年間鼈甲製造業者の徒弟となり、その業を学ぶ[1]。1日の業務は夥しく水汲みより掃除小間使に至る迄終日一寸の暇はなかった[1]

1884年、鼈甲製造店を辞して独力工場を府下北豊島郡三河島村に設立して製革業を創め盛んにその販売を開始する[1]米国仏国等に輸出する盛大な店となる[1]。また赤十字社特別社員、衛生組合幹事、革業同業組合理事である[1]

人物

住所は浅草聖天町[2][3][4]

脚注

注釈

  1. ^ 山上吉五郎について『帝国信用録 第10版 大正6年』には「職業・皮革、店舗又は住所・浅草聖天、開業年月・明治20」とある[5]。『商工信用録 第7版』には「職業・皮革、店舗又は住所・浅草聖天、取調年月・1902年9月、正身身代・R、商内高或いは収入・Q、取引先信用の程度・Ca」とある[6]

出典

  1. ^ a b c d e f g h 『京浜実業家名鑑』463頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年5月11日閲覧。
  2. ^ a b 『日本紳士録 第15版』東京や之部455頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年5月12日閲覧。
  3. ^ a b 『日本紳士録 第24版』東京やの部495頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年5月11日閲覧。
  4. ^ a b 『日本皮革商工人名録』浅草区57、59、61頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年5月11日閲覧。
  5. ^ 『帝国信用録 第10版 大正6年』東京府下(ヤ)山240頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年5月11日閲覧。
  6. ^ 『商工信用録 第7版』東京府下 山276頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年12月9日閲覧。

参考文献

  • 東京興信所 編『商工信用録 第7版』東京興信所、1899 - 1904年。
  • 遠山景澄 編『京浜実業家名鑑』京浜実業新報社、1907年。
  • 浅利新『日本皮革商工人名録』日本皮革時報社、1910年。
  • 交詢社 編『日本紳士録 第15版』交詢社、1910年。
  • 帝国興信所 編『帝国信用録 第10版 大正6年』帝国興信所、1917年。
  • 交詢社 編『日本紳士録 第24版』交詢社、1919年。



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