尾張徳川家嫡男の幼名「五郎太」
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五郎太は元来、 初代藩主徳川義直の幼名であり、代々の尾張徳川家嫡男に付けられる幼名であった。他には以下の人物が五郎太と名付けられていた。 第2代藩主・徳川光友(光義) 第3代藩主・徳川綱誠(綱義) 第4代藩主・徳川吉通。4歳になるまでに9人の兄たちが全員夭折したため、嫡男扱いとなった。 第9代藩主・徳川宗睦の養嗣子・徳川治行の長男(1781年 - 1794年)。 第20代当主・徳川義知。
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