宮中で阿比舎の法を行じ、松尾明神を降臨させる
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/08 10:05 UTC 版)
「相応 (僧)」の記事における「宮中で阿比舎の法を行じ、松尾明神を降臨させる」の解説
貞観3年(851年)、相応は清和天皇の勅命により参内し、阿比舎の法を行った。二人の童子を呪縛し「何物か」と尋ねると、「松尾明神だ」と答えた。天皇が疑問に思っていたことどもを蔵人頭の藤原基経に尋ねさせたところ、いずれも明快に解決した。ところがその後、典侍の藤子がほかの事を問うと、明神は答えなかったので、藤子は「もしや狐狸の類ではないかしら」と馬鹿にした。しばらくして、藤子は急病にかかり私宅に退出し、4日後に亡くなった。
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