宝塚市の映画館
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/07/18 14:32 UTC 版)
1951年(昭和26年)には阪急電鉄が全額出資して宝塚市に宝塚映画製作所が設立され、東宝系の映画会社として多数のプログラムピクチャーを製作した。宝塚市には映画館も多数あり、最盛期には7館の映画館が、1960年(昭和35年)時点では宝塚映画劇場(川面武庫川通)、宝塚大劇場(川面武庫川通)、新芸座(川面武庫川通)、宝塚中央劇場(川面五反田)、宝塚銀映劇場(川面山ノ上)、新花月劇場(伊子志亥谷)の6館の映画館があった。宝塚映画劇場は宝塚ファミリーランドの一角にあった映画館である。このように宝塚市は「映画の街」とも呼ばれたが、1969年(昭和44年)頃には最後まで残っていた新花月劇場が閉館し、以後の30年間は宝塚市に映画館が存在しなかった。
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